ミュシャ展

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    JUGEMテーマ:展覧会

    『ミュシャ展』(2017)チラシ 1

    公式サイト:
    http://www.mucha2017.jp/

    乃木坂・国立新美術館( http://www.nact.jp/ )にて。
    〜2017/6/5まで。

    再びのミュシャ展。 東京での大きな展覧会は、2013年に六本木・森アーツセンターギャラリーで行われた『ミュシャ展 パリの夢 モラヴィアの祈り』以来か。

    ただ、今回が特別だと思うのは、故郷に帰ってからのミュシャの活躍、晩年の油彩画《スラヴ叙事詩》全20作が来日したこと。
    チェコに行かなければ拝見できないと思っていた大作が、向こうから来てくれるとは思わなんだ……キラキラ

    本物を前に感無量。
    今まで小さな図版でしか拝見しなかった巨大な作品。
    図版ではなく本物を拝見する必要性を改めて思う。
    スケールもさることながら、印刷物では再現できない“差”と感動がある。

    パリ時代の、実線で輪郭が取られているリトグラフとは異なる作風。
    私が一番気になったのは色だった。
    全体的に淡い。
    陰影はあるが、コントラストがはっきりとした立体感ではない。全体的にぼんやりとした、やさしく神秘的な雰囲気。

    その画面の中で、宙に浮いた人物像は、後のシュルレアリスムの先駆けかと思ってしまう。あるいは、聖書に出てくる預言者が遭遇した“奇跡”、幻視のようなものだった。

    《スラヴ叙事詩》

    《ルヤーナ島でのスヴァントヴィート祭》

    ミュシャ《ルヤーナ島でのスヴァントヴィート祭》

    古代スラヴの神・スヴァントヴィートの収穫祭の風景。
    画面左上にいる北欧・ゲルマン神話のオーディン(※1)が暗示する異教徒の侵入とゲルマン化――バルト海沿岸に暮らすスラヴ人の統治が覆され、貧困と衰退の運命にあること――を描いている。

    祝祭は楽し気で華やかだ。
    夕焼けの暖色に染まる岩肌と木の葉がそのイメージを保つ。
    同時に、次第に暗くなろうとしている夕刻と歴史風景の上に描かれた幻想の寒色が、スラヴの落日と哀愁を漂わせる。

    カンヴァスの下方には、 悲惨な戦争に対する人間らしい対応としての芸術の意義を示すために楽士3人と、文芸の女神の庇護をうける木彫師(※2) が描かれているのだが、私にはそれが、戦争のなかで芸術の役割を模索する画家(あるいはミュシャ)の苦悩のようにも思えた。

    ルヤーナ島でのスヴァントヴィート祭の解説:MuseumAnote(2017/5/19確認)

    《ブルガリア皇帝シメオン1世》

    ミュシャ《ブルガリア皇帝シメオン1世》

    極彩色の東欧の色合いは、ミュシャの手にかかると、白昼夢のような柔らかい雰囲気に。

    この絵には、前の3枚まで宙に浮いた人物像はない。

    主題が史実に重きを置いているためあえて表現を変えたのか、あるいは描いている時の画家の表現法法への変容だろうか?

    このシメオン1世がスラヴ文学の創始者であるという。
    スラヴ文化をビザンティン文化に比肩する水準に高めようと奮闘し、ビザンティン帝国の多くの主要文献をスラヴ語に翻訳させる労をとった学問の徒として描かれる。(※3)

    構図や雰囲気に、ラファエロ《アテネの学堂》を彷彿させた。
    知識人が集い、各々が議論したりその知を深めたり、思索にふけっていたりする姿と、半円のアーチ形状の連続するモティーフ。
    知に対する敬意と重要性を意識させられる。

    ブルガリア皇帝シメオン1世の解説:MuseumAnote(2017/5/19確認)

    《ニコラ・シュビッチ・ズリンスキーによるシゲットの対トルコ防衛》

    ミュシャ《ニコラ・シュビッチ・ズリンスキーによるシゲットの対トルコ防衛》

    豪華絢爛な為政者の空間とその興亡、戦いの後の死の描写――歴史画が続き、宙に浮く人物に象徴される幻想的な雰囲気が無くなったように思っていたところ、再び“ミュシャらしい”作風が現れる。

    遠目から観たとき、黒い墨が上から流れているような、黒い樹が前景にある風景のように見えた戦争画。
    オレンジ色の画面と黒い不気味な存在のコントラストから、鬼気迫るものがある。
    フリーメイソンとしての理想、平和主義、そして歴史的な情景描写でも暴力、流血、戦闘場面は避けるというキリスト教徒としての信念に基づいて制作された(※4) 《スラヴ叙事詩》。
    それまで戦いの後の死体――その姿はまるで眠っているかのように綺麗――だった表現が、熱気を感じさせるものになっていた。

    解説を読むと、それは戦の火の手、黒煙だった。
    画面を左右に分断しながら、浮世絵に見られるような場面転換の区切りというよりも、後の展開の暗示として描かれているようだった。

    ニコラ・シュビッチ・ズリンスキーによるシゲットの対トルコ防衛の解説:MuseumAnote(2017/5/19確認)


    陸続きで国家が隣接し、侵略と侵攻のなかで、アイデンティティーを模索したのが欧州の人々だ。 海があることで、永らく“侵略”という概念を理解していなかった日本人。
    自己のアイデンティティーを侵害するものの存在が押し寄せてきたとき、多くの犠牲を伴って自らの由を守るために戦う歴史があること……
    前世紀の2つの大戦は、その究極型だったと思う。
    隣国との関係、その微妙なバランスというヤマアラシのジレンマを、現在はどうやって克服してゆくのだろうか?
    その先にある、争い、戦いに備えながら、相手を理解する術を模索する方法について、なにかを考えてしまう……


    《イヴァンチツェの兄弟団学校》部分、老いた盲人に聖書を朗読する少年

    その次の作品、《イヴァンチツェの兄弟団学校》は一転して牧歌的な雰囲気になる。
    チェコの宗教改革を主題とした作品。教育・啓蒙活動を称えるこの絵は、 社会的地位に格差はなく、知識、神が賜る平穏、無私の精神、そして神の祝福のみがそこにある。人間と自然の融和を称える(※5) まさに人類が希求して止まない世界だった。

    ここだけ写真が撮れるという。
    最近、東京都の美術館でも写真撮影を可能にする美術館が多くなりつつある。(※6)これもその一環のようだ。

    作品保全と著作権問題から長らく撮影禁止の美術館が多かったと思うが、経済への影響――集客へ繋げる展覧会のPRのため、観覧者によるSNSでの拡散――という事情が大きいかも。(※7)

    イヴァンチツェの兄弟団学校の解説:MuseumAnote(2017/5/19確認)

    《ヤン・アーモス・コメンスキーのナールデンでの最後の日々》

    ミュシャ《ヤン・アーモス・コメンスキーのナールデンでの最後の日々》

    神秘、豪華、耽美、劇的、牧歌的……
    そうした作品を堪能した次に、静謐な作品だった。
    一見、地味思える作品に私の意識が向かったのは、タロットカードの「隠者」の札を彷彿させられたためかもしれない。
    向かって左に首を垂れる老人と、地面に置かれた灯。
    哀愁漂う光景にも思えるが、それはまるで夜明け前のような、目覚めの時を予感させる。

    また、一連の中でもこの作品はアクセントのような立ち位置かもしれない。他とは雰囲気が違う分、気になってしまった。

    ヤン・アーモス・コメンスキーのナールデンでの最後の日々の解説:MuseumAnote(2017/5/19確認)

    『ミュシャ展』(2017)チラシ 2

    アイデンティティの確立――自律

    ミュシャの愛国心により描かれた《スラヴ叙事詩》は《スラヴ民族の讃歌》を最後とするが、そこに込められた意図はスラヴ民族のみにとどまらず、全人類の民族自立を求める“戦い”を表現している。それが達成された自由、平和、友愛の最終的な勝利を……

    それから100年の時が過ぎた。
    世界はその勝利を獲得できただろうか?

    それはお互いの自律――“自己であること”――を肯定し、かつ相手のそれを認め敬意を払うことではなかったか?
    それがグローバリズムの根底にあるものではなかったか?
    ポピュリズムの台頭、自国第一主義の暴走が懸念される今日に、この絵を拝見することは、“本来の自律とは何か”を強く意識させられた。

    一個人として翻弄されない自分自身でありたい――
    世界という個人の意思では大きすぎる存在について考える前に、自分の“アイデンティティについても考えさせられた。


    後半には、フランス時代のミュシャの有名な作品と、チェコでの公共事業の建築物やポスター、切手を展示。
    蛇のブレスネットと指環をまた拝見できた。

    『ミュシャ展 パリの夢 モラヴィアの祈り』の時よりも、よりスラヴ時代のミュシャの作品を取り上げた展覧会だった。

    日本でも人気の高い画家なので、日本国内でも数々の図版が出版されている。その殆どが、フランス時代の作品だ。
    今回の展覧会をきっかけに、もっとミュシャのスラヴ時代の作品が注目されると思う。

    公式カタログの作品は、他ではあまり見なかった者が殆どだったので、やっぱり購入。
    他に既刊でスラヴ時代のミュシャの作品についてまとめられているのは千足 伸行『ミュシャ スラヴ作品集』くらいだろうか?

    ミュシャ スラヴ作品集

    ただ、今回の展覧会では、聖ヴィート大聖堂にあるミュシャが手掛けたステンドグラスに関する資料・言及は無かったし……
    やっぱりプラハへ赴く動機は無くならない。

    展覧会の会場内の解説文では、フランス語読みの“ミュシャ”ではなく、チェコ語発音の“ムハ”に統一されていた。
    これは《スラヴ叙事詩》に込めたミュシャの思い、ミュシャのナショナル・アイデンティティへの敬意だとも思う。

    1. 1 『ミュシャ展』カタログ(2017)では ゲルマン民族の戦神トール(p.91) とあったが、持ち物と狼を携えている姿から、オーディンではないだろうか?だが、オーディンのように隻眼ではない……ミュシャが混同していたのだろうか?
    2. 2 『ミュシャ展』カタログ(2017) p.91 引用
    3. 『ミュシャ展』カタログ(2017) p.95 参照

      シメオン1世 - Wikipedia
      https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A1%E3%82%AA%E3%83%B31%E4%B8%96(2017/5/19確認)

    4. 『ミュシャ展』カタログ(2017) p.109 引用
    5. 『ミュシャ展』カタログ(2017) p.117 引用
    6. 6 東京都、都立美術館の写真撮影解禁へ舵? 各美術館の反応は|美術手帖
      https://bijutsutecho.com/insight/351/(2017/5/19確認)
    7. 展覧会で広がる”写真撮影OK”その裏側とは!? 【ひでたけのやじうま好奇心】 | ニッポン放送 ラジオAM1242+FM93
      http://www.1242.com/lf/articles/5869/(2017/5/19確認)
    参考文献
    ミュシャ展

    国立新美術館『ミュシャ展』公式カタログ

    斉藤充夫 『ミュシャを楽しむために』
    http://www.mucha.jp/(2017/5/19確認)
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      • 2017.07.23 Sunday
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