シン・ゴジラ対エヴァンゲリオン交響楽

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    JUGEMテーマ:シン・ゴジラ

    『シン・ゴジラ対エヴァンゲリオン交響楽』パンフレット表紙

    公式サイト:
    http://www.khara.co.jp/gve_symphony/


    指揮:天野正道
    演奏:東京フィルハーモニー交響楽団
    合唱:新国立劇場合唱団
    ゲスト演奏:エリック宮城(トランペット)、今剛(ギター)、高水健司(ベース)、山木秀夫(ドラム)、宮城純子(ピアノ)
    キーボード:鷺巣詩郎

    特別ゲスト:高橋洋子、和田薫

    司会:林原めぐみ、松尾諭

    1曲目からPersecution of the Masses瓩流れる……
    “蒲田のあいつ”――転じて通称・蒲田くん上陸時に流れた オラトリオ。
    翻弄される人間への哀歌のようでもあるので、胸が熱くなる。
    映画館で見たときの感情が思い出されて――『シン・ゴジラ』(観ていないけれども『君の名は。』も)東日本大震災への“憑き物落とし”であるという解釈(※1)。
    それはカタルシスであり、この曲に集約されてはいまいか?

    スクリーンでは、曲が使われたシーンが映し出される。
    津波のような蒲田くん上陸と翻弄される人々の姿……

    転じて、ヱヴァンゲリヲン新劇場版『序』の出撃シーン――しかし、所々で『シン・ゴジラ』の出撃シーンの旋律が織り込まれていたり――と、「ゴジラかエヴァか、エヴァかゴジラか」が対立せず、交差する。

    司会は『エヴァ』では外せない、林原めぐみ(綾波レイ、碇ユイ、ペンペン、エヴァ咆哮、etc……)おねーさま。
    そして『シン・ゴジラ』から「泉ちゃん」こと泉修一役の松尾諭氏。

    林原氏は紫色のドレスに蛍光グリーンのベルト、オレンジのネックレスという、エヴァカラーのドレスアップ。(このカラーリングは、すっかりエヴァをイメージさせる組み合わせに。)
    細部にも世界観を表現して、テンションを上げる。

    幕間での林原氏と松尾氏のトークを聞いていると、林原氏は本当にトークが上手いと思った。

    鷺巣氏がおもむろに退席した手前で、『エヴァ』『シン・ゴジラ』での自身の思いを語る林原氏と松尾氏……
    松尾氏「そういえば、何で鷺巣さんは僕を今回の司会に指名したんですか?(振り向く)……あれ!?いない!!」
    ……結局、鷺巣氏が指名した理由を聞くことはできなかった(笑)

    このコンサートでは『シン・ゴジラ』で鷺巣氏が作曲されたものだけでなく、故・伊福部昭氏の楽曲も合わせて上演という、異なる作曲家同士のコラボレーションでもある!

    伊福部昭トリビュートでは、鷺巣氏の合唱が付いた荘厳な印象を与える音楽とは異なる、『ゴジラ』の壮大なスケールの音楽が重々しく響く。

    また、スペシャルゲストとして高橋洋子氏が『残酷な天使のテーゼ』を歌ってくれた!

    さらにヤシマ作戦でもお馴染みのDecisive Battle畄萓錺瓮疋譟爾流れる――『シン・ゴジラ』ヴァージョンも併せて。
    ヤシオリ作戦での『宇宙大戦争マーチ』も。

    その時、おもむろに観客席通路に人影が……それは東海大学吹奏楽研究会と東京フィルとのコラボレーションだった。

    掛け合いのように呼応する、オーケストラと合唱、吹奏楽、更にはバンド形式とジャズ形式のトランペットソロと繋がり、変化してゆく。
    トランペットのエリック宮城氏は、ソロの部分でかなり引っ張って、その技術を披露していた。(「いつ終わるんだろう…」という緊張感と共に)
    同じ旋律の曲を多様な形式で魅せられ、中々面白かった。
    大学の吹奏楽部の人たちにはかなり良い経験だったのではないだろうか。

    私が観に行ったのは初日の夜公演だったのだが、庵野秀明監督が花束贈呈花束に現れた!


    『シン・ゴジラ』『エヴァンゲリオン』で使われた音楽のコンサートは、合唱、交響曲、ジャズ、ロック、ポップ……盛りだくさんな音楽ジャンルのコンサートだった。

    久しぶりに、Bunkamuraオーチャードホールでの演奏を聴いた。
    ただ、今回、せっかく合唱団がいるのに、前面にオーケストラピットがあるためか、合唱の声が聞こえづらかった。それが勿体ない。
    年末のニュー・イヤー・カウントダウンコンサートを毎年TVで見ていながら、今さら気が付いた。マイク収音前提の会場なのだろうな……

    このコンサートでは『シン・ゴジラ』作中で、伊福部氏と鷺巣氏の音楽の印象は異なるので、2人の曲がこのコンサートでどの様に融和してゆくのかが気になっていた。
    それは、『エヴァ』の曲の中で時折織り交ぜられている『ゴジラ』の音階に現れているのかも知れないが……
    二人の曲に何か共通項を見出したり、鷺巣氏が伊福部氏へのオマージュがあっただろうか……?

    また、こうして映画音楽が映画から切り離され、音楽単体として上演される試みの意味について、考えてしまう。
    今回のコンサート、平日で2日間だけという事もあってなのか……満席ではなかった……

    『ゴジラ』と音楽――伊福部昭と鷺巣詩郎の鎮魂

    同じ日に、『シン・ゴジラ』のBlu-ray,DVDがめでたく発売された。

    【Amazon.co.jp限定】シン・ゴジラ Blu-ray特別版3枚組(早期購入特典:シン・ゴジラ&初代ゴジラ ペアチケットホルダー付き)(オリジナル特典:スチールブック付き)

    チャプターを見ると、その区切りは全てBGMに合わせていた。タイトルも昨年発売された音楽集のタイトルと同じ。

    シン・ゴジラ音楽集

    それらを見ていると、この映画が音楽を大切にしている、或いは音楽が映画の“軸”として位置づけられているような気がした。

    ‘どんなにアレンジしようが伊福部氏による『ゴジラ』の音楽から逃れることはできなかった’と映画パンフレットにあったように、「『ゴジラ』と言えば(伊福部氏の)あの音楽」がある。その事を意識しているようだった。

    ♪ド シ ラ ド シ ラ ド シ ラ ソ ラ シ ド シ ラ……レ ド シ レ ド シ レ ド シ ラ シ ド レ ド シ……レ レ ド ド シ シ ラ♪

    音階が変わるだけでほぼ反復されるのシンプルな旋律は覚えやすく、忘れられない。

    私たちは音楽を受け取る場合、最初に律動に打たれますが、このことは音楽にあっても、最も本質的なものは律動であるということを立証しているとみることができます。
    (中略)
    律動は、このように根元的なものであり、ほとんど本能的なものでさえあるので、誰にも ( ) く理解され、また、身近なものとして感じられる

    伊福部昭『音楽入門―音楽鑑賞の立場』p.21

    音楽入門―音楽鑑賞の立場

    私は音楽について浅学すぎるので、短絡的に上記を踏まえた旋律ではないかと想像してしまう。

    伊福部氏はゴジラの死の場面に流れる牾つ豌爾離乾献薛瓩函∈邏覆魴箸錣辰娠撚茵悒咼襯泙涼╋廖戮膿綸臂綸兵による戦場で死んだ人々の遺骨を広い荼毘に付すシーンに同じ旋律を与えているそうだ。

    この音楽的モティーフは、伊福部が作曲したオーケストラと懇請合唱による『合唱唱詩「オホーツクの海」』(※2)の主題である。「暗澹たる空の叫びか/滅亡の民が悲しい喚声の余韻か」という、更科源蔵の詩が、この旋律で歌われる。
    (中略)
    伊福部は更科の詩文を、自分に共通する精神を詠ったものと感じ、それを独唱歌曲や合唱曲にした。永遠の時間、果てしなく広がる土地、そこに住む人と物の歴史を描こうとして。

    (中略)

    生きていたのに死んで行かねばならなかった者の魂を、伊福部は音楽で鎮めようとした。怪獣を含め、人と物を押し流してゆく大きな運命を、音楽で表現しようとした。

    木部与巴仁「怪獣音楽の創造者、伊福部昭。」
    『2016年 08 月号』 [雑誌]p.68

    東京人 2016年 08 月号 [雑誌]

    上記を踏まえると、鷺巣詩郎のPersecution of the Masses瓩硫了譟‘Persecution of the masses (民衆への迫害)/Sacred blessings count for nothing(聖なる祝福は何の為なのか)’という行が、更科源蔵の詩すなわち伊福部昭氏の音楽をリスペクトしていることを伺えるのではないだろうか?

    また、牾つ豌爾離乾献薛瓩寮律がPersecution of the Masses瓩任枠森圓気擦討い襪里任呂覆い、という指摘もあった。(※3)
    ただ、Persecution of the Masses瓩蓮悗佞靴の海のナディア』の爛譽イエム瓩ベースになっているとも……(※4)

    レクイエム……正にその通りだろう。
    初代『ゴジラ』および『シン・ゴジラ』、これら2つの曲は太平洋戦争と東日本大震災に象徴される、一個人では抗う事の出来ない巨大な意思に押し流されて、無念のうちに死んでいった人々への鎮魂が込められているという、共通項がある。

    鷺巣氏の鎮魂のイメージの原泉が何処にあるのか、私には分からないけれど……

    アニメとコンサート、BGMから独立した音楽として

    20年前、『エヴァンゲリオン交響楽』と題したコンサートがあったことを記憶している。
    私は行かれなかったが、そのコンサートは、パッヘルベル爛ノン瓠交響曲第9番ニ短調op.125「合唱」より第4楽章、オラトリオ『メサイア』から爛魯譽襯筬瓩覆匹侶狠罎濃箸錣譴織ラシック音楽を演奏する事が、話題になった。

    それ以外にも、劇中曲で人気の高いもの、ラップ調リミックスなどがあった模様。

    これらクラシックを一緒に聞く機会はない組み合わせである。
    それが実現するのは“『エヴァンゲリオン』のイメージ”という媒体があったればこそだ。
    使われたクラシックは元々持っていたイメージから切り離されて、新しいイメージの元で演奏されていた。

    今回のコンサートもやはり、「『シン・ゴジラ』の、『エヴァ』の音楽」という面、映画・アニメファンの娯楽の延長としての匂いが強い。
    使われたクラシックのように、アニメや映画のイメージから切り離されてBGMが“音楽単体”として演奏される。そんな日が来るのだろうか?
    それこそ、100年経っても聴かれ続け“クラシック”になったら、なのだろうか?
    これはそれへの布石だったり……などと、勝手な想像をしてみた。

    1. 1 『「シン・ゴジラ」はあの大災害がエンタメにかけた「呪い」の憑物落としである』
      http://www.excite.co.jp/News/reviewmov/20160811/E1470877308302.html
    2. 2 伊福部昭:合唱頌詩「オホーツクの海」
      https://youtu.be/FMkf1QeJNRE
    3. 3 Miyuu Kawanishi『シン・ゴジラ』予告!その音楽!「伊福部昭から鷺巣詩郎へ」(後編) | 『音楽研究☆CHIMERATA!』
      http://remeremea2.blog.fc2.com/blog-entry-46.html
    4. 4 Miyuu Kawanishi『シン・ゴジラ』予告!その音楽!(追記) | 『音楽研究☆CHIMERATA!』
      http://remeremea2.blog.fc2.com/blog-entry-47.html
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    オペラ『ワルキューレ』感想

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      オペラ『ワルキューレ』ワーグナー作曲、新国立劇場、2016/2017シーズン

      公式サイト:
      http://www.nntt.jac.go.jp/opera/walkure/

      新国立劇場にて。
      2016/10/2〜10/18 上演。

      クラシック専門インターネットラジオ『OTTAVA』(※1)企画、オペラ『ワルキューレ』鑑賞ツアーに行ってきた。

      映画『ロード・オブ・ザ・リング』『ホビット』(※2)、その原作『指輪物語』のルーツの一つである、『ニーベルンゲンの指環』の第1日(2作目)。

      2013年はワーグナー生誕200年祭だったにも関わらず、何も聞けなかった。
      ようやく鑑賞できて感無量。

      一本の作品を通して観るのは久し振りなので、集中して鑑賞できるかが心配だった。
      それは杞憂に終わった。

      今回の声楽家たちの魅力や、オペラ鑑賞の楽しみかたについて話が聞けることは、新しい発見に繋がった。

      林田直樹氏による、オペラと『ワルキューレ』解説

      オペラの楽しみかた

      冒頭、林田氏はオペラが人間が手で造る最大規模のものと語る。
      あらゆるものがデジタル、オートメーション化された現代において、人間的な豊かな世界であると。

      現代の人々は、完成したレコーディング、完成した映像に慣れている。それが19世紀の観客との大きな違いであることを指摘。
      そして間違い、ライヴの乱れに対して“指摘スト”になっている。
      表現者たちが何をしようとしているかを楽しむ、声楽家、演者が目指しているものを共感してほしいと強調した。

      舞台上では別々に起きる物事を、リアルタイムで複眼的に見る体験。
      それらの中には見逃してしまう、手からこぼれ落ちる情報がある。
      全て消化しきろうと思わないこと、いくつか分かることを味わうことを推奨していた。

      これは前述、「19世紀の観客との大きな違い」とも絡む。
      記録媒体が発達、いつでも好きな場面を見返せるようになった現代に、もしかしたら重要なものを見落とすというリアルタイムの“偶然”を再現する。

      『ワルキューレ』解説

      ワーグナーはオーケストラを物凄く大切にしている。その音楽の体感してほしいとの事。
      オーケストラピットの中から垂直に立ち昇る音楽は、天井に当り降り注ぐ。
      実際、パンフレットには『ワルキューレ』の音楽への言及が、殆どのページを割いていた。

      林田氏は『ワルキューレ』の物語解釈についての言及は避けた。(ネタバレ回避のため)
      「『ワルキューレ』は一幕の登場人物が、基本3人しか登場しないので、人物相関がわかりやすく、音楽も聞きやすい」と言っていた。

      ただ、『ワルキューレ』に関する、興味深いエピソードを紹介。
      2005年の韓国初演では、最後は号泣する観劇者が多かったそう。
      韓国の家族を大切にする文化に、『ワルキューレ』における家族問題が琴線に触れたのではないかと分析する。

      第1幕における冷えきった夫婦関係とそこに飛び込んでくる一人の男。
      第1幕終盤から第2幕にある、婚礼という誓約を破る禁断の愛の成就と死。
      そして最後は父娘関係、親子愛の物語がクローズアップされる――

      多様な解釈あれど、本質には家族劇があるのではないかとの事だった。

      日本よりも儒教的な価値観が強く、「家」の結びつきが強いと言われる韓国。『ワルキューレ』の兄妹、父娘といった血縁関係の織りなす愛。林田氏の指摘に納得する。
      そして、ワーグナーの、オペラの時代や文化が、異なる文化圏でも垣根を越えて、(様々な解釈やおのおの琴線の触れるところは異なれど)人の心を動かすこと、その魔力に思いをはせる。

      質疑応答があったので、「今、なぜワーグナーなのか、ワルキューレなのか?日本社会との関連性をどう見るか?」を伺ってみた。
      それに対して、新国立劇場の方から捕捉もあった。

      今回のワーグナーは、フィンランドの大演出家ゲッツ・フリードリヒ(※3)が、晩年に作ったプロダクションを持ってきたもの。
      今回のため、日本で新たに作られたものではないため、「今の日本社会との関連性」がある訳ではない、との事。

      しかし、ワーグナーの普遍性は、上演されると、何らかの意味合いを持ってしまう。

      新国立劇場の芸術監督・飯守泰次郎氏、御年77歳。
      「飯守と言えば、ワーグナー」であるとの事。ワーグナーが作ったバイロイト祝祭歌劇場でのスタッフだった。
      2014/2015シーズンの『パルシファル』にはじまり、『ラインの黄金』そして『ワルキューレ』、次回『ジークフリート』と続く。

      飯守氏がバイロイトにいた1960年代、ヨーゼフ・カイルベルト(※4)がいた。
      また、ワーグナーの孫2人、ヴィーラント・ワーグナー(※5)とヴォルフガング・ワーグナー(※6)の天才の活躍もあった。

      20世紀のオペラ、戦後のワーグナー上演史の生き証人でもある。
      10年後、それを知る人はいない。
      伝えなければならない“何か”を掴んで日本に帰国されたのは間違いないだろうとの事だった。

      時代性を反映する演出を求められるきっかけになったのが、ピエール・ブーレーズ(※7)指揮による、『ニーベルングの指輪』らしい。

      その前には「新バイロイト様式」という抽象的な舞台をヴィーラント・ワーグナーは製作した。
      戦争の反省として、ナチスに利用された事を払拭するために。

      そのあとをピエール・ブーレーズが思い切り具体的にし、産業革命のような時代設定にした。(※8)
      死体を引きずるワルキューレの乙女たちの姿露骨で物議を醸した――初演時(1976)冷戦の只中、ベトナム戦争が終結したばかりで、ドイツも東西分裂状態だったため――生々しすぎる描写だった。
      飯守氏はそれをまだ引きずっていると、林田氏は考えていた。

      結果ら新しいワーグナーが上演される度に“今、時代への意味”を考えるように、身構える伝統を作ってしまったとの事だった。

      初心者過ぎて知らなんだ……(すみません)汗
      だから勉強になった……(ありがとう)キラキラ

      『ワルキューレ』上演

      第1幕は屋敷の中で展開されるのだが、屋敷は斜めに傾いた室内という表現だった。
      その傾斜の不安定さが、愛し合っていない夫婦、戦と決闘の不安感を象徴しているようだった。
      傾斜した室内で歌う声楽家たち……重心が偏る中で歌うのは負担ではないのだろうか……?
      斜めの部屋が可動式で、水平になる(安定する)かと思ったら、そんなことは無かった…

      第2幕は日時計を彷彿させる、円を切り取った舞台の上で展開する。
      登場した神々の司・ヴォーダン(グリア・グリムスレイ)は軍服だった。
      一瞬緊張してしまう。
      真っ先にカーキ色を想像してしまうので、そうではないから良いのか……?
      上演中はそんな事を考えていたが、後で調べると、第二次大戦中、ドイツ軍にはブルーグレーのコートもあったらしい……
      「ヒトラーのイメージが定着する前の、本質的なものの再評価」という話も聞いていたので、ゲッツ・フリードリヒがこういう服装の演出にした意味は、どういうものなのか、悶々としてしまう。
      ヴォーダンの妻・フリッカ(エレナ・ツィトコーワ)は1940年代モードな服装だった。

      第3幕では、 放射状の舞台の上で、勝鬨を上げるワルキューレ達が、台車に乗せた遺体を牽いてくる。
      遺体置き場を連想させるものと、女の笑い声が響く雰囲気のギャップが、私には強烈だった。

      (※9)


      第3幕の父娘関係もさることながら、ブリュンヒルデ(イレーネ・テオリン)とジークリンデ(ジョゼフィーネ・ウェーバー)の会話の方が、私には関心が高かった。
      私はそれが、“未来へと繋げる女の力”を意識させられたためだ。
      ヴォーダンへの報復的な進言をするフリッカは例外で、男性原理的(ギリシア神話の女神・ヘラのイメージが強い)なのだが……
      ワルハラでの安寧よりも、破滅することを理解しながらも抗う事を宣言するジークムント(ステファン・グールド)を見て、そうさせるジークリンデとの“愛”に感銘するブリュンヒルデ。
      意固地な神々に対し、自身も破滅すると解りながら、ブリュンヒルデは己の意思を尊重した。
      それは同時に、ヴォーダンの本心、本当の願いでもあったのだが。

      規則や掟に囚われるのではなく、自らを由とすることを。
      厳罰による報復ではなく、赦しと助けを。

      ブリュンヒルデが当初逃げ込んだ、姉妹たち――他のワルキューレたちも、ブリュンヒルデの行いに驚き、戸惑いながらも、ブリュンヒルデを救いたく、ヴォーダンに慈悲を乞うた。

      それは『女神的リーダーシップ』に言及される、〈女神的〉価値観――“女性的”と分類された資質である。
      共感、公平、叡智……それにより、本来ヴォーダンが目指した罪の昇華――が愛によって成される布石となる。

      女神的リーダーシップ   世界を変えるのは、女性と「女性のように考える」男性である

      ブリュンヒルデの眠りを守るため(声楽家、演者としては出てこないが)ローゲの炎に閉ざされる。
      この炎が2つ先の物語『神々の黄昏』における、ヴァルハラ城炎上に繋がる――


      やはり生で演奏を、声楽を聞くと感動する……
      ワーグナーに捧げた1日は、学びがあり、体感があり、充実したものだった。

      実は今まで『ニーベルンゲンの指環』をしっかり読んだことが無かった……
      一緒に観劇した方から「アーサー・ラッカムの挿絵で、寺山修司訳の『ニーベルンゲンの指環』がある」と教えて頂いたので、さっそく図書館へ駆け込んで、今、読んでいる。

      • ニーベルンゲンの指環〈1〉ラインの黄金 (ワーグナーオペラシリーズ)
      • ワルキューレ―ニーベルンゲンの指環2 (ニーベルンゲンの指環 2)
      • ジークフリート―ニーベルンゲンの指環3 (ニーベルンゲンの指環 3)
      • ニーベルンゲンの指環 (〔4〕) (ニーベルンゲンの指環 4)

      参考文献
      2016/2017シーズン新国立劇場オペラ公演、ワーグナー作曲「ニーベルングの指環」第1日『ワルキューレ』パンフレット
      ワーグナー (文藝別冊/KAWADE夢ムック)
      ワーグナー (文藝別冊/KAWADE夢ムック)
      1. インターネットラジオ OTTAVA http://ottava.jp(2016/10/17確認)
      2. 2 【過去日記】映画『ホビット 決戦のゆくえ』感想
      3. 『ワーグナー演出家 ゲッツ・フリードリヒの肖像 - 新国立劇場』
        http://www.nntt.jac.go.jp/opera/dasrheingold/interview/ (2016/10/17確認)

        Gotz Friedrich (English)
        http://alchetron.com/Gotz-Friedrich-768616-W (2016/10/17確認)

      4. ヨーゼフ・カイルベルト (Wikipedia)
        https://ja.wikipedia.org/wiki/ヨーゼフ・カイルベルト (2016/10/17確認)
      5. ヴィーラント・ワーグナー (Wikipedia)
         https://ja.wikipedia.org/wiki/ヴィーラント・ワーグナー (2016/10/17確認)
      6. ヴォルフガング・ワーグナー (Wikipedia)
         https://ja.wikipedia.org/wiki/ヴォルフガング・ワーグナー (2016/10/17確認)
      7. ピエール・ブーレーズ (Wikipedia)
         https://ja.wikipedia.org/wiki/ピエール・ブーレーズ (2016/10/17確認)
      8. mitch_hagane『オペラ初心者が「観る・聴く」『ニーベルングの指輪』は何がよいのかぁ?みっち悩むの巻(笑)』
          http://mitchhaga.exblog.jp/21631569/ (2016/10/17確認)
      9. 「新国立劇場、新シーズン開幕第一弾『ワルキューレ』稽古開始 世界最高峰のワーグナー歌い集う | Daily News | Billboard JAPAN」
          http://www.billboard-japan.com/d_news/detail/41652/2 (2016/10/17確認)
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      舞台『不生不滅』感想

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        JUGEMテーマ:オペラ
        音楽劇団 熊谷組 和物オペラ『不生不滅』

        劇団サイト:『音楽劇団 熊谷組』
        http://members2.jcom.home.ne.jp/asaki-kikaku/kumatop.htm

        お誘いを受け、新作和物オペラを観に行く。
        以前聞きに行った講演『グローバルビジネスに役立つオペラの素養と楽しみ方』で、日本オペラなるものについての話を聞いた。
        それに通じるもの、考える布石として。


        和奏

        全編和楽器による演奏とあったので、オーケストラに和楽器が取り入れられていると想像していたが、和楽器のみの演奏だった。
        日本にとっては伝統的な響きを、西洋の様式であるオペラに取り入れる…音のためかリズムなのか、最初は違和感を覚えたが、それは慣れの問題かもしれない。
        私は音楽知識は疎いので、どの様な試みがされているのかは解らなかった……

        “オペラに取り入れられた日本なるもの”にプッチーニ『蝶々夫人』の事を思い出された。
        これは似て非なるものだが。
        『蝶々夫人』では、リアルな異国情緒を表現するために、日本歌謡の旋律(『さくら さくら』『君が代』『お江戸日本橋』『宮さん宮さん』など)が複数盛り込まれている。(何とマニアック!)

        参考:『オペラ「蝶々夫人」で用いられた日本の音楽』
        http://kcpo.jp/info/butterfly/melody.html

        『蝶々夫人』にはヨーロッパの旋律に馴染むように日本歌謡が織り込まれているが、このオペラは日本のリズムでオペラをしているのかもしれない。

        歌舞伎や能では、舞台上奥に奏楽隊がいるが、この舞台では舞台の下、観客席の最前列の前にラグが敷かれ、そこで演奏していた。
        ラグのエリアがオーケストラピットという事か。
        そのため、効果音の出し方が観ていて解るようになっていた。
        歌舞伎などで使われる、波ざると言ったか……渋紙を張った行李状(こうりじょう)の中に小豆を入れて揺するのと同じようなものを動かしていた。

        オペラの形式に囚われず、様々な舞踊・舞踏が盛り込まれていた。
        西洋のバレエ、東洋のベリーダンス、そして日本なるもの能や盆踊りまで。
        それぞれの舞踊・舞踏の動きには“役”があった。

        バレエは自然現象や聖霊のようなものか。
        振り袖を着て舞っているバレエは驚いた。
        もちろん、踊りやすくしているのだろうが。

        ベリーダンスは人に恵をもたらす神格、能は人を破滅させる妖怪であり、対の概念を持っているように感じられた。
        そして人間は庶民的な盆踊りの動きをする。

        物語

        舞台は三途(みいず)の里と呼ばれる集落。
        その地に「殿さまや帝を凌ぐ、真実の王が出る」との噂が出回り、「王」を求めて、都からある者らがやって来る――

        あらすじは何といえば良いのか……
        不覚にも、物語の内容に若干、消化不良を起こしてしまう……
        私は人間の一生と、仏教の教えをリンクさせた作品と解釈する。

        花祭の場面で、盆踊りの動きがはじまるので驚く。
        はて?花まつりで円陣を組んで踊ったりしただろうか?
        そう思い、花まつりと盆踊りについて調べる。

        もともとは、インドで行われていた農耕儀礼が仏教の夏安居の修行の終わる日に寺院で営まれる僧自恣の日と習合したものとされています。 日本でも盆行事の歴史は古く、正月とならぶ二大行事として営まれてきました。『日本書紀』によると推古天皇十四年(606年)に 「この年より初めて寺ごとに、4月8日、7月15日に設斉(おがみ)す」とあります。4月8日は灌仏会(花まつり)のことです。

        『お盆について教えて下さい』
        http://www.zuiganji.com/qa-obon.html

        ここで花まつりと盆踊りがリンクする。
        ブッダの生誕と先祖供養。生と死という対極を想起させた。

        タイトルの『不生不滅』とは人が生まれ、業(カルマ、善行も悪行も全て)があり、死ぬ事だったのだろうか?

        私は舞台を観ていて、中心となる人物が居ないように思えた。
        多くの人間の業が、四季の移ろいの中で起こっている。ただそれだけの話しのように思う。
        主人公は鯉太郎という、三股をかけていた男だった様だが……
        涅槃図が鯉太郎の臨終に置き換わるという。
        勝 国彰展の時のも言及した帝釈天と阿修羅の戦いは、一人の男を巡って争う女達の業に。
        ただ、涅槃図の解釈がそのまま物語の人間関係に反映される訳では無さそうだ。

        それとは関係なく巡る宇宙観――輪廻転生を移ろう四季によって表現されるのだろうか?
        それにしては梅が咲く2月頃から初夏までの話で、再び季節は巡って来ない……

        物語で言及される王とは何だったのか?
        王とは仏を指すようだが、「死ねば仏になる」という言葉に掛かるのか?
        悟りとは輪廻からの解脱ではなかったか?
        そもそも輪廻は語られていないのか?

        この物語は日本独特の仏教哲学だと思う。
        そもそも大陸・半島を経由したため、インド仏教とは大分異なるものになっている。
        日本仏教が先祖供養と深く結び付いている事からも……
        この物語の冒頭では、「王」を求めてやって来た人間がふとした事からこの集落に仏教を広める。
        その一連の流れに、仏教哲学や宇宙観を、日常生活に落とし込んでいるようにも思えた。
        あるいは、宇宙観自体が日常生活、生の営みそのものという事を現しているのだろうか?
        生滅のくり返しが『不生不滅』という事か?

        壮大な世界観の一部分のようで、私には掴みきれなかった。


        グローバルビジネスに役立つオペラの素養と楽しみ方

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          JUGEMテーマ:オペラ

          以前からオペラを聞きたくて仕方なかったのだが、最近、全く触れる機会が無くなっていた。
          そのため、どうしてもきっかけを掴みたく、講演に足を運ぶ。これはその備忘録。

          日本オペラ振興会(http://www.jof.or.jp/)による、オペラの魅力を紹介する講演会だった。
          声楽家による生演奏もあったりと、充実した時間を過ごせた。


          前半はオペラの魅力について、池田卓夫氏(音楽ジャーナリスト)と法眼健作氏(元国連事務次長,元カナダ大使)による講演。
          オペラを好きになるきっかけから、オペラを通して得られた交流についても少々。

          池田氏はオペラが社交場であることを強調。
          そして日本において、オペラ(歌劇場)は社交場ではないと指摘していた。
          池田氏は新国立劇場がヨーロッパの劇場と異なる点からもそれが現れているという。
          クロークが正面から入ってきた時に上手にあり、側の壁に姿見が無い事など……
          観劇には夫婦単位で来ること、身だしなみを整え、紳士が淑女をエスコートする――歌劇場は社交場であり、かつてはそこからビジネスチャンスが生まれた事を指摘していた。
          最も、今のヨーロッパではコンプライアンスの関係で、歌劇場でビジネスの話は公には行われていないようだが……
          その弊害として、歌劇場がマナーのない成金社会になってしまった事に苦言を呈していらっしゃった。

          池田氏も続く法眼氏も、オペラの魅力は人間の生の声の魅力、素晴らしさだと語る。
          そしでオペラの醍醐味は、娯楽であり総合的な教養を深めるものであると。
          オペラを観に行く前に必ず勉強すること、キーワードひとつから、原作や時代背景など……学べることは多岐に渡る。
          園田高弘著『ピアニストその人生』、小泉純一郎著『音楽遍歴』の引用からも、専門特化された分野にとどまらず、関心の幅を広げることの大切さを改めて感じさせる。
          ピアニストその人生音楽遍歴 (日経プレミアシリーズ 1)
          オペラの知識を深めるものとして、法眼氏は多田鏡子『新 オペラ鑑賞事典』(http://www.j-n.co.jp/books/?goods_code=978-4-408-59367-8)を薦められていた。
          新 オペラ鑑賞事典

          ここで池田氏曰く「オペラ『オタク』になるべからず」
          釘を刺していた(笑)

          東洋、日本では西洋趣味・教養主義の一環のようなオペラだが、“日本オペラ”なるものも宣伝されていた。
          オペラ『白虎』
          http://aizu-opera.com/index.html
          白虎隊の物語。
          福島の復興支援イベントの一環のようだが、豪華なキャストや力の入ったオーケストラだという。
          観てみたい。


          後半では生演奏を披露。

          【オペラ(歌劇)】
          ヴェルディ『椿姫』より
          《花から花へ》《燃える心を》《プロヴァンスの海と陸》

          E strano!〜Sempre libera《花から花へ》

          【オペレッタ(喜歌劇)】
          シュトラウス鏡ぁ悗海Δ發蝓戮茲
          《僕はお客様を招待するのが好き》
          レハール『メリー・ウィドウ』より
          《ヴィリアの歌》《唇は黙しても》

          Ich lade gern mir Gäste ein《僕はお客様を招待するのが好き》

          2013年はヴェルディとワーグナーの生誕200周年だった。
          この頃私はワーグナーの方に熱を上げていたのだが……
          良い機会になったので、改めてイタリア・オペラも聴こうと思った。

          オペレッタは分かりやすく、日本語で歌ってくれた。
          それを聞いていて、言語の壁というか……意味内容を理解できることでより魅力が伝わると改めて思った。原語で理解できたらより深まると思った。
          《僕はお客様を招待するのが好き》は、宴の席での無礼講を歌っているので、砕けた感じが面白かった。
          歌い手が聴講席の間を歩いてくれたりと粋な演出をしてくれた。

          一時期、日本で三大テノールがもてはやされたが、バリトンも素晴らしいと思う。渋くて。

          ちょっと勿体無いと思ったのは、会場の床がカーペットだったので、音の反響が吸収されてしまった事。
          それでも間近に声楽家の方々がいらっしゃるので、空気の振動を肌で感じた。


          お土産に『椿姫』のDVD。
          ジョゼッペ・ヴェルディ「椿姫」全曲 [DVD]

          原題は"La traviata(道を踏み外した女)"の意であることは有名。

          美輪明宏氏は著書の中で、「『椿姫』のように生きなさい」と言っていた。
          その無償の愛を指してだ。
          私は同時に、社会通念に屈せず、自分らしく(自分勝手ではない)あろうとした凛々しい姿に惹かれる。

          椿姫に暴君や魔王のような完全な悪役はいない。
          この物語の悲劇の所以は、“社会通念に殺される真実の愛”だ。
          主人公達の愛を妨げるものは社会通念(道)を象徴する父親だ。今様の言葉で表現するなら、それは“毒親”だろうか。

          その時代の問題などを、オペラは浮き彫りにする。
          時代を経ても愛されるのは、音楽の素晴らしさや分かりやすい物語だけでなく、何か人間の本質的な問題を指摘するためだろうとも思う。


          LADY GAGA'S artRAVE: the ARTPOP BALL

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            今更だけど、やっぱり書いておこう。うん。

            公式サイト:
            http://www.ladygaga-japantour2014.com/

            出てきた時、ちょっと(大分)太ったと思った……
            (来日した際のニュース見てなかったので驚いた)
            『レディー・ガガ、スケスケタイツ&貝殻ビキニで来日 度肝衣装にファン熱狂』
            http://www.oricon.co.jp/news/2040895/full/

            アルバム"ARTPOP"での、ジェフ・クーンズ(http://www.jeffkoons.com/)がデザインしたLADY GAGA像が出てくるかと思っていたが、それは無かった。
            ドーム状の水泡を思わせ、水晶が海底を思わせる。"Venus"のヴィジョンだろうか?

            以下、覚えている限りでの曲順……

            1. ARTPOP
            2. G.U.Y.
            3. Donatella
            4. Venus
            5. MANiCURE
            6. Just Dance
            7. Poker Face(remix)
            8. Telephone(remix)
              (間に新曲?入れてた?不明。)
            9. Paparazzi
            10. Do What U Want
            11. Dope
            12. Born This Way(ピアノ)
            13. The Edge of Glory
            14. Judas
            15. Aura
            16. Sexxx Dreams
            17. Alejandro
            18. Bad Romance
            19. Applause
            20. Swine
              (アンコール)
            21. Gypsy

            "Venus"での衣装、曲線と象徴的な球体は惑星のシンボルを意識したものか、海の生物を思わせた。水玉模様は草間彌生を彷彿させた。

            MANiCUREの間でのMCでは、日本で定着?した「ガガ様!」の呼び方に言及し、しゃぶしゃぶとドンキホーテでの買い物の話をしていた。

            ライブ後話題になった、公開着替え。(勿論、前は見せない)
            『ガガ、貝殻ビキニで客席疾走 “生着替え”に3万5000人興奮』
            http://www.oricon.co.jp/news/2040932/full/
            そこにアメノウズメのエピソードを重ねて見てしまう私。
            日本のアイドルっぽい形のコスチュームだが、ビニール製のスケスケでSFっぽい所が彼女らしい。
            ぬいぐるみバズーカで飛ばしてくれたり……
            ボンテージスタイルがたまらない。
            曲のサビの部分や雰囲気に合わせて"hands up!"と掛け声をかけてくれた。前々回前回のライブを踏まえてだろうか?
            (日本人はライブで一体感を出すためのハンズアップのタイミングを掴むのが苦手なのだろうか……)

            ピアノ弾き語りでは足を揚げたり、四つん這いになって弾いたりとセクシーさを強調してくれた。

            最後は雨が降って来たが、楽しかった。
            私は会場入りで遅れてしまい、姿が見えなかったのだが、それでも楽しかった。
            観客との一体感を持たせようという試みが強く打ち出していた。


            FESTIVA FLAMENCO 2013

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              JUGEMテーマ:フラメンコ

              第2回 フラメンコ・フェスティバル 2013

              第2回 フラメンコ・フェスティバル 2013
              http://www.iberia-j.com/lpf/

              目当てにしていたのは以前も来日し、映画『フラメンコ・フラメンコ』にも出演していたファルキートだった。
              La Primavera Flamenca 2011
              映画『フラメンコ・フラメンコ』感想

              だがビザが下りず、来日キャンセルとなった。(よもや、数年前に起こした事件の関連だろうか?ちょっと検索すれば数年前のひき逃げ事件の事が出ている)
              代役でファルーコとファン・デ・ファンが出演。

              第1部はラ・モネタとファン・デ・ファン。

              LA MONETA 1st FLAMENCO FESTIVAL 2011 in JAPAN

              ラ・モネタは伝統的フラメンコだと改めて思う。大地の力強さとの繋がりを意識させる。
              大胆にファルダを持ち、脚を見せる。
              彼女のタコン(踵で床を打つ事)のその音と動きの精密さに惹きこまれ、圧倒される。
              今、習っている事の求められている事、目指す表現の極みはこれかと感嘆してしまう。

              次に、初めて見たファルーコとファン・デ・ファン。

              Juan de Juan - Flamenco

              ファン・デ・ファンのサパテアード(足を打ち鳴らす、の意)の丁寧な音や脚さばきが魅力的だった。
              以前拝見した舞台や映画『フラメンコ・フラメンコ』でのファルキートの野性的なものとは違う。
              それが理解できた。
              土の匂いのしそうなファルキートとは異なり、art(技術)としてのフラメンコを前面に出している、そんな気がした。


              休憩をはさみ第2部はやはりファルーコ。

              ファルキートの弟なので舞台の取りは当然だ。
              凄かった。
              ファルーコはファン・デ・ファンの丁寧さとは別に重みを感じさせた。

              最終日だった訳だが、楽しみはカーテンコールだ。
              ファルーコが観客とファミリーに感謝の辞を述べ、袖に控えていた他の出演者達が私服で出てきた。
              観客の拍手に応えて即興的に踊る。

              パルマを叩く時のラ・モネタの真剣な眼差しにやはり惹かれる。
              私服で楽しそうに踊る姿が微笑ましい。
              厚底のヒールでもちゃんとタコンの音が聞こえたりと、プロの技に感嘆してしまう。

              ファルキートとファン・デ・ファンは肩を並べてシンメトリーにサパテアートを打ちながら退場していった。
              幕が降りるまで楽しい時間を過ごせた。

              以前、舞台を拝見した時よりもこういった感想が持てるようになったのだから、それだけでも自分の中で進歩したのだと思った。


              BONE THIS WAY BALL -LADY GAGA-

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                JUGEMテーマ:展覧会

                2年ぶりのツアーライブ。
                過去日記:『THE MONSTER BALL TOUR -LADY GAGA-

                初日に行ってきた。
                幸運にも花道の傍で、前回のライブ以上に臨場感があった。

                開始すると舞台の幕が下ろされ、3階建てのゴシック建築の城が現れる。荘厳さに圧倒される。
                その城がは観音開きに動くという凝った造り。

                今回の曲順は下記。

                1. Highway Unicorn (Road To Love)
                2. Government Hooker
                3. Born This Way
                4. Bloody Mary
                5. Bad Romance
                6. Judas
                7. Fashion of His Love
                8. Just Dance
                9. LoveGame
                10. Telephone
                11. Heavy Metal Lover
                12. Bad Kids
                13. Hair
                14. Yoü and I
                15. Electric Chapel
                16. Americano
                17. Poker Face
                18. Alejandro
                19. Paparazzi
                20. Scheiße
                21. Black Jesus + Amen Fashion
                  ---encore---
                22. The Edge of Glory
                23. Marry the Night

                "Highway Unicorn "でユニコーンに跨がったLADY GAGAが入場。ステージ前のスーパーアリーナ席を囲む花道を一周。
                会場のテンションが高まる。
                観音開きしたステージの中央には巨大な臨月を迎え、こちらに向かって足を広げるLADY GAGA。そのお腹からLADY GAGA誕生という粋な演出と共に"BONE THIS WAY"がかかる。

                前半は城のイメージも相俟ってゴシック的な音楽……"Bloody Mary"はUKゴシック的であるし"JUDAS"は言わずもがな。
                その世界観に呼応するように天井から降りてくる巨大なLADY GAGAの顔。
                ウィル・スミス主演『アイ・ロボット』に出てくるマザー・コンピューターのようで、それこそこのツアーを支配しているものを体現しているようだった。(=LADY GAGA)

                最近の曲ばかりでなく、ちょっと前のものも。
                「日本にまた電話をかけるわ」と"Telephone"など。
                ピアノ演奏の前のMCでは彼女が「日本に来れて良かった。みんな歓迎してくれて。また来れるとは思わなかったから」と涙を浮かべて話す姿に共感。貰い泣きしてしまった。
                そんなに日本に思いを寄せてくれてありがとう、LADY GAGA。

                毎回衣装が話題になるが、今回も凄い。
                ギーガーのエイリアンのような悪魔的なものから素敵なボンテージ、以前話題をさらった“生肉ビキニ”(さすがにレオタードに肉模様がプリントされたもの)まで。
                …もしかしたら最近アメリカにて話題になっている「ピンクスライム問題(防腐剤牛肉問題)」への皮肉だろうか。それは考え過ぎだろう。

                思えば後半は“アメリカ的”なアイコンが多いような気がした。
                "Americano"に代表されるように。
                衣装も胸にマシンガンが付いたビキニ姿。美女と機関銃はアメリカ的アイコンだ。マシンガンを抱えた美女に軍服を思わせる男性たち。
                胸のマシンガンから火花が噴かなかったのが残念だ。前回やったからだろうか?

                ダンサー達も格好良かった。素晴らしきエンターテインメントだった。

                LADY GAGAの「自分が自分で在る事」を肯定する歌に、そして世界観に魅かれる。
                アンコールに2曲も歌ってくれた。
                あっという間の2時間だった。
                未だ興奮冷めやらぬ。


                直接、LADY GAGAとは関係がないのだが。
                先日オープンした渋谷ヒカリエ 8F ART GALLERYにてLADY GAGAが卒論でテーマにしたというダミアン・ハーストの最新スポット作品の展覧会があった。

                8/ART GALLERY / TOMIO KOYAMA GALLERY / ダミアン・ハースト 「New Spot Prints」

                ダミアン・ハースト 「New Spot Prints」
                http://www.hikarie.jp/event/detail.php/?id=51
                〜2012/5/28まで。

                ターナー賞を取った牛の母子のホルマリン漬け作品"Mother and Child, Divided"が有名だろう。
                私にはこれとLADY GAGAの生肉ビキニがリンクしてしまうのだが。

                私はいつも色を大事にしてきました。色というものをとても愛しているのです。色そのものをただ動かす。そこからスポットペインティングは生まれました。
                構造をつくって色を動かしたり、放っておいたり。そうすると欲しかったものが急に現れる。それが色の喜びを突き止める方法なのです

                ダミアン・ハースト

                ただの色のドット群と思わず、その色が語るものに耳を傾けて欲しい。
                出来たばかりのギャラリーの真っ白な壁に掛る色の円は良く映える。
                整然と並ぶそれに規則性があるのか無いのかわからない。
                しかしそれらが相互に関係しているように思え、それが言語のように思える。


                牡丹と薔薇と

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                  JUGEMテーマ:落語

                  先週は桜が大分散ってしまったが、陽があるうちは暖かく、春になったのだと思う。

                  玄関を開けた時、外にあったパンジーの花が香しい事に気付く。
                  慌ただしい日々を過ごし、心が荒んでいるのがわかっていたので、花の香りが心地好く、満たされた。

                  そして季節を先取りして落語『怪談 牡丹燈籠』を聞きに行く。

                  三遊亭圓朝作の完全版。
                  それを六回に分けて上演している。

                  有名な「新三郎が牡丹燈籠を携えた令嬢・お露の霊にとり憑かれ死んでしまう」件は昭和の名人・三遊亭圓生師が編集したダイジェスト版。
                  この物語はお露の父・飯島平左衛門の仇討ちを果たさんとする奉公人の孝助の物語でもある。
                  仇討ちの物語と男女の物語が交互に上演される長尺の物語だった。
                  …………長い。
                  参考:三遊亭圓朝『怪談牡丹灯籠』
                  http://www.aozora.gr.jp/cards/000989/files/2577_38206.html

                  今回はその四回目にあたるので、途中から。

                  場面は下記。
                  第十三回 平左衛門討たせの場(槍の闇討ち)
                  第十四回 新三郎受難の場(根津清水谷の怪・上)有名なクライマックス。
                  第十五回 お国・源次郎出奔の場(孝助の婚礼)
                  第十六回 お峯・伴蔵出奔の場(根津清水谷の怪・下)
                  あらすじ
                  飯島平左衛門が妾・お国の不義を働いている宮野辺源次郎の家に生き、闇討ちをするも、返り討ちになる。孝助に飯島家の跡継ぎとすること、仇をとって欲しいと遺す。
                  お露とお米の幽霊から百両と引き換えに、新三郎の家の御札を剥がし身に付けていた御守りの如来像をすり替えた伴蔵とお峯。翌朝、新三郎の様子を見に行くと、新三郎は息絶えていた。
                  上記理由から罪の発覚を怖れたお国・源次郎、お峯・伴蔵は姿を眩ます。

                  一組の男女が死に、二組の男女が去った。
                  因果はさらに続き、収束に向かう。
                  ……という所で落語は終わる。次回を乞うご期待!

                  途中でも充分楽しめた。(人物相関がわからなかったので、プリントされたあらすじを何度も読んでだが)
                  参考:『圓朝作品のあらすじ 怪談牡丹燈籠』
                  http://homepage3.nifty.com/nadokoro/kogai/botan.htm

                  アンティークプリント展

                  その足で『アンティーク・プリント展』を見に行く。
                  昨年も開催されていたが震災の影響で伺えず、オーナーに再会。嬉し。
                  久しぶりに拝見したためか、コレクションが鮮やかに思えた。
                  ルドゥーテやロバート・J・ソーントンの薔薇に、すっかり気に入ってしまったウィリアム・カーティスのカタログの花々…

                  アンティークのボタニカルアートの魅力はデザインされている事にあると思う。それが記録を目的とした植物画に留まらないからだ。
                  (絵として花の魅せ方を凝らないと当時の顧客、貴族の方々は買ってくれなかったのだろう)
                  今回も時計草の版画を買おうと思ったのだが、別の版画に一目惚れ…
                  それについては別の機会に書く。今は長くなりそうなので止めよう。

                  牡丹も薔薇も、5月頃咲く花だ。
                  その頃に続きを書こうと思う。


                  Dramatic Gothic Metal Framenco

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                    JUGEMテーマ:フラメンコ

                    Dramatic Gothic Metal Framenco

                    鈴木能律子フラメンコリサイタル。

                    頂いたチラシの"GOTH"な雰囲気に驚いた。
                    普段の華やかで情熱的なフラメンコの世界で、"GOTH"要素を身近に感じていなかったため。

                    プログラムのあらすじを拝見して、納得する。

                    ノビア(恋人・花嫁の意)という皆から愛され無垢で人形のような1人の女性が自分自身の内面を見つめる行為を通して、自分の意思をはっきり持つ女性として生まれ変わるプロセスを描いたもの(中略ノビアは、実は自分でも気づかなかった心の奥深くに、誰もが多かれ少なかれ持っている猜疑心、嫉妬心、黒い心をベネーノ(毒・毒素・悪意の意)という運命の引導者によって気づかされます

                    主人公・ノビアの暗い情念が"GOTH"。世界は黒と強烈な赤に統一され、憎悪と嫉妬の世界をよく表していた。
                    魔女たちも現れ、定番の鍋は煮詰まった感情の象徴のようだった。
                    ノビアはナイフを持っていたが、『ユディト』になったかは定かではない。

                    オペラではあるが『カルメン』に似ている。
                    『カルメン』で翻弄されるのは男だが。

                    女の力強い感情を表現していた。それはフラメンコに限らず、踊りの原動力だ。今思うと“ファム・ファタル”の物語のようだった。

                    普段クラシックギターに合わせて踊るが、この舞台の"GOTH"な世界ではエレキギターが唸り、曲もロックだった。
                    古典・伝統、メジャーを撃ち破ろうとする"GOTH"の精神だった。
                    その表現の可能性を模索しているようだった。

                    "GOTH"の世界の感想ばかりになってしまったが、華やかな表の世界のフラメンコは群舞で、楽しげな曲“セビジャーナス”に目がいった。丁度教わっているので勉強になる。
                    …あんな風にはまだまだ踊れないorz


                    La Primavera Flamenca 2011

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                      JUGEMテーマ:フラメンコ

                      先日、フラメンコの舞台を観に行ってきました。
                      舞台のフラメンコは2004年のアイーダ・ゴメス『サロメ』以来だろうか。

                      ファルキートとラ・モネタ公演

                      アイーダ・ゴメスの踊りが、バレエの要素を取り入れた洗練された“アート”のフラメンコなら、こちらのお二人、一座は正統派バイレ(踊り)継承し続けているとの事。

                      第一部はバイラオーラ(女性踊り手)ラ・モネタ。

                      LA MONETA

                      力強いサパテアード(足の技術)に圧倒される。フラメンコの足はプランタ、タコン、ゴルペ、プンタの4つの組み合わせだか、そのスピードや組み合わせが凄かった。
                      力強く大地を打つ足。
                      マルカール(印をつける、の意。パソ、ステップを踏む事)をするときに『足を前に出し大地から力を貰う様に』と言われたことがある。それを思い出させた。

                      赤いドレスも美しかった。

                      第二部はバイラオール(男性踊り手)ファルキート。

                      FARRUQUITO

                      やはり男性はより力強く、男らしいパソが魅力だった。
                      私は大分後ろの席であったが、そこまで振動が伝わってくる。

                      大地の匂いを近くに感じさせた。野性的な、素朴な力強さを感じさせた。

                      この舞台、今回の震災で延期になっていたもの。
                      この時期に来てくれたことを感謝。
                      少し、力を分けてもらった気がした。



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                      大人向けダークファンタジー。
                      しかし、子供の頃を思い出させるディティール。
                      現実と幻想、決して交差せずとも互いに影響しあう。
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