北川健次展「Prelude―記憶の庭へ」

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    北川健次展「Prelude―記憶の庭へ」

    銀座・画廊香月にて。
    http://www.g-kazuki.com/

    〜2018/4/24(火)まで。

    再び、画廊香月での個展。
    実は去年もあったようだが、私は伺えなかった……

    築80年を超え、昭和初期のモダーンな雰囲気を今に残す奥野ビル(※1)。 レトロな空間が素敵だし、雰囲気が先生の作品に合っている。

    遒と△房められたコラージュオブジェは、『ルドルフ2世の驚異の世界展』を観に行った後の私には、ヴンダーカンマー、蒐集の極みの一部の様に見えてしまう。

    いつものように、気に入った作品の感想など。


    《美しきカリエラの〈眼〉のある肖像》

    DMに使われている作品。

    少女は湾曲したガラス越しにこちらを見ている。
    バロック――歪んだ真珠、それにちなんだ装飾過多の様式――を想起させるガラスは、そのいびつさ故に不安を掻き立てられ、ガラス越しという直視できない状態に、“隠された何かがある”ような緊張感を漂わせている気がした。

    サイコロに賭け事や占いのイメージをみる。
    私はそこから少女に対して、前者ならいかさま師を、後者なら先の見えない不可視なもの、運命の女神、予言者などを見出してしまう。

    《秘められた家族の肖像》

    見る者に対して横向きに座っていると思われる男性。その男性に寄り添う女性はこちらを見ている。男性と女性の顔を覆うように、ガラスのレンズが置かれている。そのレンズの縁は男性と女性の眼の縁を結ぶように配置されている、偶然の一致。
    サイコロの目のような、何かのゲームの数字版にある数は「2」「3」。そのすぐ脇に、斜めに置かれた小さなサイコロの目は「5」。単純に何か繋がりがあるのではないかと想像してしまう。
    小さなサイコロの傍から少年の目がこちらを覗き込んでいる……

    寓意的で暗示的な様に、 ブロンズィーノ《愛の勝利の寓意(愛のアレゴリー)》(※2)を思い出す。
    《美しきカリエラの〈眼〉のある肖像》同様に、ガラス越しの女性の視線。
    何かが隠されているような、思わせぶりにこちらを見ているように感じてしまう。
    そう考えてしまった時、女性は完全にファム・ファタール――男を破滅させる、運命の女――に見えてしまう。男性の肩に添えられた手は、まるで男性を支配してしまうことを暗示しているように映る。

    一番気に入った作品だったので、つい、饒舌になってしまった……

    先生と話していたら、この作品にはヴィスコンティ監督の映画『家族の肖像』(※3)のイメージがあったそう。

    《偽りの若きmontaigneの肖像機

    カンバスぎりぎりまでトリミングされた、横向きの女性の肖像に重なって配された歯車と用途不明の金具部品。 肖像の体軸に沿って配されたそれはまるで、横向きの女性がゼンマイ仕掛け――アンドロイド、すなわち『未来のイヴ』――であるように思えた。
    理想の美を再現しようとした試み……それが成功か失敗かは、見る人次第だろう。

    シンメトリックな造形ゆえに安定しているように思えるし、対称的なのに側面である女性像の不協和音……アンシンメトリーさが気になる作品だった。


    昔の作品などはもっと…ナイフみたいに尖っていたような気がしたが、現在の作品は何となく、観覧者に解釈を委ねるゆとりがあるように思ったり……
    それは観ている人間の内面を映し出している――観ている人が自身の内面を投影してしまう――ためだろう。

    先生は鑑賞者と作品の波長(のようなものだろうか?)が合う瞬間があるという趣旨の話をした。それは運命的な出会いか、必然か……

    袖振り合うも他生の縁、これら作品群を見て、他人がどんな感想を抱くのか聞いてみたい。

    北川健次先生オフィシャルサイト
    http://kenjikitagawa.jp/

    1. 1 築85年のアートな銀座「奥野ビル」から新たなデザイン&アートを発信 | 2017年記事
      http://sumau.com/2017/page_category/parent_information/urban_info/1372.html ( 2018/4/12 確認 )
    2. 2 ブロンズィーノ-愛の勝利の寓意(愛のアレゴリー)-(画像・壁紙)
      http://www.salvastyle.com/menu_mannierism/bronzino_amore.html ( 2018/4/12 確認 )
    3. 3 映画『家族の肖像』デジタル完全修復版 公式サイト|2017年2月11日 岩波ホールほか全国順次ロードショー
      http://www.zaziefilms.com/kazokunoshozo/ ( 2018/4/12 確認 )
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    神聖ローマ帝国皇帝 ルドルフ2世の驚異の世界展

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      神聖ローマ帝国皇帝 ルドルフ2世の驚異の世界展

      公式サイト:
      http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/18_rudolf/

      またも開催期間終了間際に行ったので、終わってしまった展覧会の備忘録……
      アルチンボルト展の補完も兼ねて行ってきた。

      今回の展覧会で学べたことは、奇想の画家・アルチンボルトの発想の源であるクンストカンマー(驚異の部屋。様々な珍品を集めた博物陳列室。ヴンダーカンマー。ここでは展覧会に倣い、引用以外クンストカンマーに統一。)、その片鱗とルドルフ2世の人柄と、を垣間見た。

      当時最先端の知識であった占星術、錬金術への関心は、国策として学問を推奨した一環ではなく、ルドルフ2世の自己の欲求・自己実現のためという印象が、私には強かった。


      私はそれまで、マニエリスムの画家たちによる『オルフェウス』『ノアの方舟』を主題にした絵画を観た時、画面構成、深い森の描写と動物の種類の多さに圧倒されていた。
      アルチンボルト展を観てから、クンストカンマーや博物学的な視点から描かれた背景を知った上で鑑賞すると、1枚の絵画がひとつの動物園だったことが分かる。

      アルチンボルトの名画だけではない。
      絶滅前のドードー鳥の姿を描いたことで有名な鳥専門の画家・ルーラント・サーフェリー。ヤーコプ・フーフナーヘルの花蝶図を見ていると、後のバンクス花譜(※1)やキュー・ガーデンの植物誌『ボタニカル・マガジン』などの後のボタニカルアートに通じることがわかる。

      マニエリスムの画家たちの動植物への観察眼に、世界を理解しようとする情熱を感じた。

      ヨーリス・フーフナーヘル(※2) 《人生の短さの寓意(花と昆虫のいる二連画)》
      展覧会の宣伝を見て、私が一番見たかったもの。

      学術的な細密描写に加え、装飾性に優れた構図、寓意に満ちた――メメント・モリを強く意識させる――美しい絵だった。

      シンメトリックな美しさは、後のグロテスク様式(※3)の系譜だろうか?

      ヨーリス・フーフナーヘル《人生の短さの寓意(花と昆虫のいる二連画)》
      ヨーリス・フーフナーヘル《人生の短さの寓意(花と昆虫のいる二連画)》

      変態する蝶はそのまま変容の象徴で、魂、人の一生を暗示している。蝶が古代ギリシャ語で魂を示すことも含めていると思った。

      バルトロメウス・スプランガー《ヘラクレスとオムパレ》

      男性的原理の象徴のような、英雄ヘラクレスが女装することで有名なエピソードが主題(※4)。
      男女の役割を入れ替えた滑稽さよりも、両性具有的なもの、錬金術的な融合を暗示しているように、私には思えた。
      ヘラクレスとオムパレの顔は半面しか見えず、接吻あるいは融合しているような配置はからもそれが伺える。

      プラハ城に収蔵された彼ら(アルチンボルト、ルーラント・サーフェリー、ハンス・フォン・アーヘン、ヨーゼフ・ハインツ(父)、ヨリス・ホーフナーゲルと前述)の作品にはギリシア神話に題材を借りて男女の交歓を描く、エロティックな絵が数多く含まれていた。男と女という対照的存在の交わりは、当時、錬金術的な寓意をもっていた。錬金術とは、さまざまな素材を掛けあわせ、本来人工的には作りえないはずの金を精製しようというもの。その根底にある考えは、異質なもの同士を組み合わせて新たなものを作り出そうということだ多種多様なものを描き込んだ結果、最後に人の顔が出現するアルチンボルトの絵とも通じる。

      小宮正安『愉悦の蒐集 ヴンダーカンマーの謎』 2007年 p.113 カッコ内、亜綺羅追記。

      愉悦の蒐集 ヴンダーカンマーの謎 (集英社新書ヴィジュアル版)

      その融合がアルチンボルトのだまし絵を生むひとつの布石だった。

      ルドルフ2世の人物像について

      展覧会会場では、文芸に造詣が深い王として紹介されていたが、その略歴を見ると、あまり幸福な王とは思えなかった。

      暴君と言われた古代ローマ皇帝ネロ、狂王・ルードヴィッヒ2世の例に漏れず、政治的に無能とされる王は文化・芸術を愛好する傾向があるし……
      展覧会会場を廻っていていて、ルドルフもそうだったのだろうと考える。

      ルドルフ2世の人物像を知りたくて、会場を出たあと、簡単な書籍を斜め読みしてみたが……
      エピソードや人物像に、本もウェブもページを割いたものが皆無だった!(※5)

      いかにも無力な君主だった。失敗つづきで、ハンガリーやモラヴィアやオーストリアから愛想をつかされた。向こうみずな勅書を出して信教の自由を認めたために、宗教界に大混乱をきたした。軍にそむかれ、ドイツ軍がボヘミアの領界を侵しても見すごすしかなかった。あげくのはてはボヘミア王の王冠を弟のマティアスに奪われた。

      池内紀、南川三治郎『ハプスブルク物語』 1993年 p.43

      ハプスブルク物語 (とんぼの本)

      ルドルフ2世のクンストカンマーへの情熱は、現実逃避という解釈がされてる。
      今回の展覧会を観て私は、全てを放棄したのではなく、ルドルフ2世自身は良い王になりたかったのだと思う。(後の狂王程ではないという意味で)
      対立ではなく、ルドルフ2世が理解できる基準(占星術や錬金術)で分類された調和のとれた世界で。
      その理想がクンストカンマーだった、と。

      しかし、‘ルドルフ二世が夢見た、ヴンダーカンマーを通じての帝国再建は幻に終わった。政治の世界では、現実的な手腕が大手を振り始めていた。ルドルフ二世は奇人皇帝のレッテルを貼られ、失墜した(※6)’。

      ルドルフ2世の秩序ある混沌は、結局のところ現実世界には何の効力も無かった訳だ……

      私にクンストカンマーへの関心を高くさせたのは、昨年見た映画『エイリアン:コヴェナント』(以下、コヴェナント)に出てきた、ディヴィッドの研究室。
      クンストカンマーそのものだった。
      『コヴェナント』を観ていて、ディヴィッドのそれは、“エンジニア”の技術をを理解しようとする試みよりも、エイリアンという生命を生み出そうとする情熱よりも、「何か」を支配しようとする思いの方が強い印象を受けていた。
      アルチンボルト展でクンストカンマー(ヴンダーカンマー)を調べた時、私の中でそれが確信に変わった。

      そういえぱ、『エイリアン』シリーズにおける、デザインを手がけた、H・R・ギーガー氏。
      晩年の彼を捉えたドキュメンタリー映画『DARK STAR /H・R・ギーガーの世界』(以下、ギーガーの世界)で映し出されるギーガーの家は、自身の作品と本などが積み上がっていた。『ギーガーの世界』に出てきた精神科医は、戦争経験者の収集癖の強さを指摘していた。(※7)
      中世の貴族の流行もさることながら、ルドルフ2世にトラウマがあったのではないだろうか?

      物を溜め込む習性――現代では一般市民が「片づけられない」“汚部屋”に悩んでいる傾向が強そうだ。

      わたなべぽん『やめてみた。 本当に必要なものが見えてくる暮らし方・考え方』など片付け本で指摘されるように、物への蒐集・執着はコンプレックスを補うための武装であり、結果、部屋が物で溢れかえる。

      やめてみた。 本当に必要なものが見えてくる暮らし方・考え方

      蒐集品が増えすぎてしまった結果、従来のように一つの空間ではヴンダーカンマーをまかないきれなくなったという事情もある。蒐集品の中にはプラハ城に運び込まれたのはよいが、結局荷解きされぬまま倉庫に眠ってしまったものも多数存在した。

      前述『愉悦の蒐集 ヴンダーカンマーの謎』 p.115

      ルドルフ2世は皇帝だからか、経済力も居住空間も申し分ない広さがあったため、生活に支障をきたすような汚部屋にはならなかったようだけど……

      そのコレクションも、ルドルフ2世の失脚と共に首都がウィーンに戻されたり、各国の侵略の戦利品として持ち出され、散り散りになった。
      ルドルフ2世の驚異の部屋はもうない。
      その片鱗が、今は私たちの目と想像力を楽しませてくれる。

      1. 1 Bunkamura25周年記念 キャプテン・クック探検航海と『バンクス花譜集』展 | Bunkamura
        http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/14_banks/index.html ( 2018/3/24 確認 )
      2. 2 Joris Hoefnagel
        https://artsandculture.google.com/entity/m050c85 ( 2018/3/24 確認 )
      3. 3 グロテスク(Wikipedia / 日本語)
        https://ja.wikipedia.org/wiki/グロテスク ( 2018/3/24 確認 )
      4. 4 

        同主題を扱った絵画は多々ある。

        《ヘラクレスとオンファレ》 | ルーヴル美術館 | パリ
        https://www.louvre.fr/jp/oeuvre-notices/《ヘラクレスとオンファレ》 ( 2018/3/24 確認 )

        作品詳細 | 東京富士美術館 > ヘラクレスとオンファレ
        http://www.fujibi.or.jp/our-collection/profile-of-works.html?work_id=485 ( 2018/3/24 確認 )

      5. 5 ルドルフ2世 (神聖ローマ皇帝)(Wikipedia / 日本語)
        https://ja.wikipedia.org/wiki/ルドルフ2世_(神聖ローマ皇帝) ( 2018/3/24 確認 )
      6. 6 前述『愉悦の蒐集 ヴンダーカンマーの謎』 p.126
      7. 7 

        映画の字幕では特に明言はされていなかったが、おそらく溜め込み障害(Hoarding Disorder)を指しているのかもしれない。

        強迫的ホーディング(Wikipedia / 日本語)
        https://ja.wikipedia.org/wiki/強迫的ホーディング ( 2018/3/24 確認 )

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      アルチンボルド展

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        『アルチンボルド展』(2017)チラシ

        公式サイト:
        http://arcimboldo2017.jp/

        上野・国立西洋美術館( http://www.nmwa.go.jp/ )にて。
        〜2017/9/24まで。

        花や果物で構成された肖像画を描いた、アルチンボルトの作品と、その奇想・奇天烈の原泉を垣間見る。

        入ってすぐのところに掛かってる《紙の自画像(紙の男)》。巻紙で構成されたアルチンボルトの肖像画。
        紙で構成されているという点が興味深かった。
        アルチンボルトはそこに何をしたかったのだろう?
        やっぱり絵を描く?文字を書く?
        そんな示唆に富んだ自画像に思えた。

        一緒に観に行った知人と「これをペーパーアーティストが手掛けたら、本当に立体化できるのではなかろうか?」と話し合う。
        そんな想像力を掻き立てる作品は、この会場ではまだ序の口だった。

        ジュゼッぺ・アルチンボルド《自画像(紙の男)》

        「合成肖像画」と呼ばれる、アルチンボルトの代名詞のような作風。その奇想に圧倒される。

        本物を見る醍醐味はやはり、画集では見られない細部を堪能すること。

        顔にばかり視線が向かってしまうが、《四季「春」》の人物が着ている服は深緑色の葉で構成されていた。
        画集では黒い背景と同化して認識できなかった細部。
        顔部分で緻密な髪や眼の描写に注視してしまうが、皮膚を構成する花は輪郭をぼかしていた。
        そのおかげで表情も理解しやすいし、他の要所(パーツ)に目がいくようだった。

        《四代元素「大地」》は動物の顔の集合体。
        下だけ何故、皮なのか?
        その図像は真っ先に、ネメアの獅子、金羊毛の皮を思い出す。解説を読むと、それを意図した描写であるようだ。
        そしてハプスブルク家ゆかりの獅子の紋章と金羊毛騎士団を表しているらしい。
        皮と衣、その関連性も意識した上での構成だろう。
        連作で、四季と四代元素が対応しているという。

        • 《春》《大気》 … にぎやかな陽気
        • 《夏》《火》 … 燃え盛る暑さ
        • 《秋》《大地》 … 豊穣の大地
        • 《冬》《水》 …凍てつく森と海

        でも、連作なのにカンヴァスの大きさがまちまちなのは何でだろう……
        あえて揃えようとは思わなかったのか?描く度に手に入るカンヴァスの大きさが異なってしまったのだろうか……?

        博物学――コレクションと世界征服

        アルチンボルトは他の追随を許さない独自の作風を産み出した。
        それを促すものは彼の身近な場所にあったようだ。

        参考資料として出品されていた、アルチンボルトが宮廷画家として仕えたオーストリア・アぷスブルグ家の豪華な装飾が施された食器の数々。
        ギリシア神話のモティーフや、当時は珍しい動物の姿を象ったもの……中には本物の生き物から型を取り(!)鋳造したものまで。
        そして「ヴンダーカンマー(驚異の部屋)」と呼ばれる、皇帝の蒐集品を展示した場所があったという。

        アルチンボルトは、宮廷の日常生活の身近にあるものを素材にしながら、ひたすら肖像画を描いた。その構図や画風は斬新であるが、かれは肖像画という伝統的なキャンバスのなかに、宇宙の森羅万象を凝縮させた。それは顔が人間の知性、性格、表情を集約させたものであるばかりではなく、宇宙的なコスモロジーを包括するものであったからにほかならない。

        浜本隆志 柏木治 森貴史『ヨーロッパ人相学―顔が語る西洋文化史』 p.190

        ヨーロッパ人相学―顔が語る西洋文化史

        アルチンボルトは現代のように体系的に分類されていない博物館ともいえるヴンダーカンマー、王のための動物園で、“本物”を見る機会に恵まれた。
        ゆえに、ここまで緻密な描写で動植物を描くことができたらしい。
        アルチンボルトのこの絵画から描かれた図鑑もあったとは……!

        世界を表している四季と四代元素の表現を取り入れた肖像画を描いたのも、それがクライアントの世界の覇者たらんとする意思を汲んだこと、同時にアルチンボルトの皇帝(時の王・マクシミリアン鏡)への賛美だった。

        人間の探求――脳の認識、心の問題

        また、レオナルド×ミケランジェロ展との関連があった。(ちなみに、アルチンボルト展の半券提示で入場料割引が受けられる)

        アルチンボルトのこれら肖像画は、レオナルド素描の鷲鼻のくしゃ顔じいさんの素描からヒントを得ているもよう。
        父親がレオナルドと縁があり、素描のコレクションを見ていたらしい。
        そう言われてアルチンボルトの鼻の部分を注視すると、何となく全ての作品が、鷲鼻のように思えた。

        ルネサンスの“万能人”レオナルドは、著書『絵画論』で精神の運動(喜怒哀楽)によって人間の顔が動く(表情)こと、人間の精神を描き出すことについて言及していた。(※1)

        人間の内面を描くこと――

        展覧会の会場ではヴンダーカンマーと博物学の関係性の指摘があった。 博物学――その知的探求の中に、人相学も入っていたと思われる。

        人相学は占いや今の心理学、精神分析的な様相があった。
        そのルーツは観相学――‘外面(自然)、とくに顔の特徴や身体の全体的相貌を観察することによって、人の見えざる部分を知ろうとする(※2)’もの――で、偽アリストテレス『人相学』によって体系的に論じられた疑似科学だった。

        顔は人間の内面を映し出しているもの――
        レオナルドに倣い、それを踏まえてアルチンボルトは「合成肖像画」を描いていたようである。

        この展覧会が始まった頃、NHKで顔を認識するということの不思議について特集した番組があった。(※3)

        人間が人間の顔(それとおぼしきもの)を注視、識別する不思議、それと絡めて人工知能(ディープラーニング)による顔認証システム(画像解析)についても取り上げていた。
        そしてこのアルチンボルト展も取り上げられていた。

        アルチンボルトによるさかさ絵――一見すると野菜が詰められた籠や肉が盛られた大皿だが、逆さにすると人物像になる――は、寓意に満ちていると同時に、遊び心に溢れたものだ。
        野菜が詰められた籠の絵は、番組内で幼児が顔と認識する――それも「普通の顔ではない」ことまで――理解するということを脳波から検証していた。

        シミュラクラ現象(※4)の事もアルチンボルトは理解していたようだ。

        ジュゼッぺ・アルチンボルド《コック/肉》

        参考として、だまし絵の世界は、多くの追随者が現れた。 ダリもその一人に入れていいのかも知れない(※5)。あと、合成肖像画を思わせるコラージュ作品を多数制作しているシュヴァンクマイエル(※6)。更にシュヴァンクマイエルに影響を受けたクエイ兄弟はもろに《司書》を思わせる(※7)人形が出てくるアニメーションを作っていた。

        番組では会場でフォトジェニックなイベントスペースであったアルチンボルトメーカーについても取り上げられていた。顔を野菜や果物で構成してくれるという。

        私が行った時はすごく人が並んでいたので、諦めたのだけど……人工知能という観点からも興味深いものだったかも。
        web上で写真解析でのジェネレーターがあれば良いのに……

        参考文献

        芸術新潮 2017年 07 月号

        芸術新潮 2017年 07 月号 特集:奇妙奇天烈 アルチンボルド

        1. 1 加藤朝鳥『レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画論』 Ⅺ 姿態に就いて三七二 p.212
        2. 2 浜本隆志 柏木治 森貴史『ヨーロッパ人相学―顔が語る西洋文化史』 p.28
        3. 3 (^o^)顔面白TV
          http://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=10758 (2017/8/30 確認)
        4. シミュラクラ現象(Wikipedia)
          https://ja.wikipedia.org/wiki/シュミラクラ現象 (2017/8/30 確認)
        5. Mae West's Face which May be Used as a Surrealist Apartment | The Art Institute of Chicago
          http://www.artic.edu/aic/collections/artwork/65819 (2017/8/30 確認)
        6. JanSvankmajer.com
          http://www.jansvankmajer.com/ (2017/8/30 確認)
        7. Cabinet of Jan Svankmajer – Quay Brothers
          https://youtu.be/ehfRYQ0K-vM (2017/8/30 確認)
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        レオナルド×ミケランジェロ展

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          レオナルド×ミケランジェロ展

          公式サイト:

          http://mimt.jp/lemi/

          東京・丸の内 三菱一号館美術館( http://mimt.jp/ )にて。
          〜2017/9/24まで。

          入ってすぐの所に今回の目玉作品、レオナルド・ダ・ヴィンチ《少女の頭部/〈岩窟の聖母〉の天使のための習作》とミケランジェロ・ブオナローティ《〈レダと白鳥〉の頭部のための習作》が、各々の肖像画と共に並べられている。

          胸が熱くなる。
          筆跡から、巨匠がどんな風に筆を走らせたのか想像してしまうから。

          “万能人”レオナルドと“神のごとき”ミケランジェロが、この絵に込めた試行錯誤と集中力を垣間見るようで……

          それにしても、赤く染めた紙に赤いチョークで描かれていたのは何故だろう?

          ちょっと調べて分かったことは、‘フィレンツェ では赤チョークが好まれ、 青い紙はヴェネツィアで多く用いられる、といった地域差(※1)’があったという事だけだった。
          …… フィレンツェとヴェネツィアのアイデンティティとしての色だったのだろうか?

          《レダと白鳥》

          展示されている二人の作品が、会場の中で対を成すように思えた。
          それはこの二人の巨匠が全く異なる視点から芸術を捉えていたため。

          理性を用いて究極の美(理想)を探求したレオナルド。
          感情を劇的に表現することで人間本来の姿(現実)を捉えようとしたミケランジェロ。
          ラファエロ《アテネの学堂》では、その顔がプラトンとアリストテレスにあてられている二人。
          二人の巨匠の表現方法を、古代の哲学(イデアという理想があると説いたプラトンと、それを否定したアリストテレス)に照らし合わせる、ラファエロも博学だと思った。

          素描や諸々の資料からもそれが理解できるが、それを如実に表しているのが、2人の巨匠が挑んだ同主題『レダと白鳥』だろう。

          2012年に催されていたレオナルド・ダ・ヴィンチ美の理想でも、この主題は参考作品として展示されていた。(今回展示されていたものとは違う画家の手によるものだった)

          レオナルド・ダ・ヴィンチに基づく《レダと白鳥》フランチェスコ・フリーナ(帰属)《レダと白鳥(失われたミケランジェロ作品に基づく)》

          伝統的な構図ながら女性的な曲線美を強調するS字型に立つレダを描くレオナルドのものと、身体を丸めることで曲線美を強調するミケランジェロの作品。私はレオナルドの女性像が好きだが、この絵はミケランジェロの方が斬新な構図で、好きだ。

          絵画か、彫刻か――

          芸術の捉え方も、その表現方法も異なる二人。
          画家であったレオナルドと、(本来は)彫刻家であったミケランジェロ。

          この違い、例のデッサンにも表れている。
          レオナルドが(左利きだったため)左上から右下に線を引き、その密度で濃淡、明暗を表現している。
          対して、ミケランジェロは師匠であるドメニコ・ギルランダイオのデッサンのやり方を踏襲し、クロスハッチングという線を重ね合わせる技法を用い、直線だけでなく人体の丸みや凹みに沿わせて線を曲線にし、立体感を強調している。(※2)

          当時、彫刻と絵画のどちらがより優れた芸術であるかを論じ合う、比較芸術論争(パラゴーネ。イタリア語で比較の意)が起こっており、当時の人々は彫刻の方が優位であると考えていた。
          彫刻は立体であり制作には労力がいること、素材は大理石など耐久性があり、経年劣化に強いため、という理由だった。
          一方、絵画は彫刻と比べ工数がかからず、彫刻の下絵のようなもの、という認識だったように、私は記憶している。

          当時はまだヨーロッパでも芸術家の地位は低く、画家は彫刻家よりも低かった。

          これもうろ覚えなのだが、確かレオナルドは画家の地位向上の布石として『絵画論』を書いたのではなかったか?

          レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画論 改訂版

          会場の壁面の所々には、レオナルドとミケランジェロの比較芸術論争についての見解がちりばめられていた。
          絵画と彫刻のレオナルドの挑戦的な発言に対し、やんわりと大人な対応をかえすミケランジェロ……
          イメージでは逆だったのだが。

          一説では、レオナルドとミケランジェロは不仲だったともいわれている。
          レオナルドは『絵画論』の文章に「絵画は優雅だが、彫刻家は汚い労働者のようだ」とあったため、それがミケランジェロの癇に障った(※3)とか、レオナルドからダンテについて意見を求められた時、ミケランジェロは 馬鹿にされたと思った(※4)から等、色々あるようだが……

          とはいえ、互いの才能を認めていなかった訳ではないようだ。

          両巨匠がフィレンツェにいた時(1503〜1505)、ミケランジェロはレオナルド《聖アンナと聖母子》における三角形の安定構造と流れるような視線の導線に感心し、レオナルドはミケランジェロ《ダヴィデ》を見て、その構造を研究するように素描を残したらしい。
          その延長であろう、レオナルド《ヘラクレス》の素描には、ミケランジェロ《ダヴィデ》の影響を受けた力強い筋肉描写は、今までのレオナルドとはちょっと違う作風に思える。筋骨隆々。ムキムキ。

          素描

          そんな二人が唯一、共通認識をしていたであろう、素描、その大切さ。
          その観点からも、素描展は重要なものに思う。

          レオナルドは馬を一頭所有していたよう(※5)だし、沢山の馬の素描を遺している。
          この展覧会でもレオナルドの馬の脚の素描が多数展示されていた。
          当時の馬は貴重品で、今でいう高級外車(それこそフェラーリ?)みたいなものだった。レオナルド、それを所有できたのか……!?
          馬の素描の数の多さから、学生の頃に教授から「レオナルドはかなりの馬好きだったのではないか?」と言っていた。……高級外車マニア?

          ミケランジェロも馬の脚の素描を描いており、そちらも展示されていた。ミケランジェロは馬を所有していたのだろうか?

          教授からは「(レオナルドは)馬は貴族の所有物であることが多かったので、見せてもらっていたのではないか?」と聞いた気がする……
          ミケランジェロもまた、貴族から馬を見せてもらえる機会はあっただろう。


          こんなにも偉人たちの息遣いがリアルに聴こえてくるのは、それを記録した文献が今も残っているため。

          レオナルド手稿、ミケランジェロの手紙、そしてjジョルジョ・ヴァザーリ『芸術家列伝』。

          芸術家列伝3 ― レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ (白水Uブックス1124)ミケランジェロとヴァザーリ (イラストで読む「芸術家列伝」)

          それら文献の翻訳に目を通すと、レオナルドやミケランジェロをはじめ、国際都市であったフィレンツェに集った才人達のエネルギッシュで大らかなエピソードに、読んでいてワクワクさせられる。

          そのワクワク感は時代を超えて、日本のマンガにもなっている……みのる『神のごときミケランジェロさん』は(作者の愛あふれるミケランジェロへの独断と偏見を)今様に表現していて、面白かった。

          神のごときミケランジェロさん (少年チャンピオン・コミックス・タップ!)

          それにしても、何年か前にレオナルドの真筆とされた《美しき姫君》(※6)が出品中止とされたのは残念な話で……個人蔵ゆえ、致し方無いのかも知れないが……
          その美術収集家が絵から感じ取ったという、ただならぬ気配を私も感じてみたかった。

          完成作品ではない素描を見るという事。
          天才たちの試行錯誤を知る・学ぶ良い機会である。

          素描の参考作品として、有名すぎるレオナルド手稿のファクシミリ版も展示されていた。本物ではないが、精巧に再現された原寸大の複製品は、貴重な資料を傷めずに研究への貢献や、今回の素描展ではレオナルドの考えとその時代を補完してくれる。

          1. 1 石鍋 真澄 『フィレンツェ・ルネサンスの素描』 成城大学大学院文学研究科−紀要−美學美術史論集【第18輯】2010年3月 発行 p.68
          2. 2 古山 浩一『ミケランジェロとヴァザーリ』芸術新聞社 2014 p.46
          3. 3 同上『ミケランジェロとヴァザーリ』 p.42
          4. 4 前橋重二「想像力の人レオナルド vs.感受性の人ミケランジェロ 時空を超える素描対決!」芸術新潮 2017年 08 月号
          5. 5 ジョルジョ・ヴァザーリ『芸術家列伝3 ― レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ』
          6. 6 《美しき姫君》レオナルド・ダ・ヴィンチ|MUSEY[ミュージー]
            http://musey.net/1756 (2017/8/1 確認)
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          ミュシャ展

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            JUGEMテーマ:展覧会

            『ミュシャ展』(2017)チラシ 1

            公式サイト:
            http://www.mucha2017.jp/

            乃木坂・国立新美術館( http://www.nact.jp/ )にて。
            〜2017/6/5まで。

            再びのミュシャ展。 東京での大きな展覧会は、2013年に六本木・森アーツセンターギャラリーで行われた『ミュシャ展 パリの夢 モラヴィアの祈り』以来か。

            ただ、今回が特別だと思うのは、故郷に帰ってからのミュシャの活躍、晩年の油彩画《スラヴ叙事詩》全20作が来日したこと。
            チェコに行かなければ拝見できないと思っていた大作が、向こうから来てくれるとは思わなんだ……キラキラ

            本物を前に感無量。
            今まで小さな図版でしか拝見しなかった巨大な作品。
            図版ではなく本物を拝見する必要性を改めて思う。
            スケールもさることながら、印刷物では再現できない“差”と感動がある。

            パリ時代の、実線で輪郭が取られているリトグラフとは異なる作風。
            私が一番気になったのは色だった。
            全体的に淡い。
            陰影はあるが、コントラストがはっきりとした立体感ではない。全体的にぼんやりとした、やさしく神秘的な雰囲気。

            その画面の中で、宙に浮いた人物像は、後のシュルレアリスムの先駆けかと思ってしまう。あるいは、聖書に出てくる預言者が遭遇した“奇跡”、幻視のようなものだった。

            《スラヴ叙事詩》

            《ルヤーナ島でのスヴァントヴィート祭》

            ミュシャ《ルヤーナ島でのスヴァントヴィート祭》

            古代スラヴの神・スヴァントヴィートの収穫祭の風景。
            画面左上にいる北欧・ゲルマン神話のオーディン(※1)が暗示する異教徒の侵入とゲルマン化――バルト海沿岸に暮らすスラヴ人の統治が覆され、貧困と衰退の運命にあること――を描いている。

            祝祭は楽し気で華やかだ。
            夕焼けの暖色に染まる岩肌と木の葉がそのイメージを保つ。
            同時に、次第に暗くなろうとしている夕刻と歴史風景の上に描かれた幻想の寒色が、スラヴの落日と哀愁を漂わせる。

            カンヴァスの下方には、 悲惨な戦争に対する人間らしい対応としての芸術の意義を示すために楽士3人と、文芸の女神の庇護をうける木彫師(※2) が描かれているのだが、私にはそれが、戦争のなかで芸術の役割を模索する画家(あるいはミュシャ)の苦悩のようにも思えた。

            ルヤーナ島でのスヴァントヴィート祭の解説:MuseumAnote(2017/5/19確認)

            《ブルガリア皇帝シメオン1世》

            ミュシャ《ブルガリア皇帝シメオン1世》

            極彩色の東欧の色合いは、ミュシャの手にかかると、白昼夢のような柔らかい雰囲気に。

            この絵には、前の3枚まで宙に浮いた人物像はない。

            主題が史実に重きを置いているためあえて表現を変えたのか、あるいは描いている時の画家の表現法法への変容だろうか?

            このシメオン1世がスラヴ文学の創始者であるという。
            スラヴ文化をビザンティン文化に比肩する水準に高めようと奮闘し、ビザンティン帝国の多くの主要文献をスラヴ語に翻訳させる労をとった学問の徒として描かれる。(※3)

            構図や雰囲気に、ラファエロ《アテネの学堂》を彷彿させた。
            知識人が集い、各々が議論したりその知を深めたり、思索にふけっていたりする姿と、半円のアーチ形状の連続するモティーフ。
            知に対する敬意と重要性を意識させられる。

            ブルガリア皇帝シメオン1世の解説:MuseumAnote(2017/5/19確認)

            《ニコラ・シュビッチ・ズリンスキーによるシゲットの対トルコ防衛》

            ミュシャ《ニコラ・シュビッチ・ズリンスキーによるシゲットの対トルコ防衛》

            豪華絢爛な為政者の空間とその興亡、戦いの後の死の描写――歴史画が続き、宙に浮く人物に象徴される幻想的な雰囲気が無くなったように思っていたところ、再び“ミュシャらしい”作風が現れる。

            遠目から観たとき、黒い墨が上から流れているような、黒い樹が前景にある風景のように見えた戦争画。
            オレンジ色の画面と黒い不気味な存在のコントラストから、鬼気迫るものがある。
            フリーメイソンとしての理想、平和主義、そして歴史的な情景描写でも暴力、流血、戦闘場面は避けるというキリスト教徒としての信念に基づいて制作された(※4) 《スラヴ叙事詩》。
            それまで戦いの後の死体――その姿はまるで眠っているかのように綺麗――だった表現が、熱気を感じさせるものになっていた。

            解説を読むと、それは戦の火の手、黒煙だった。
            画面を左右に分断しながら、浮世絵に見られるような場面転換の区切りというよりも、後の展開の暗示として描かれているようだった。

            ニコラ・シュビッチ・ズリンスキーによるシゲットの対トルコ防衛の解説:MuseumAnote(2017/5/19確認)


            陸続きで国家が隣接し、侵略と侵攻のなかで、アイデンティティーを模索したのが欧州の人々だ。 海があることで、永らく“侵略”という概念を理解していなかった日本人。
            自己のアイデンティティーを侵害するものの存在が押し寄せてきたとき、多くの犠牲を伴って自らの由を守るために戦う歴史があること……
            前世紀の2つの大戦は、その究極型だったと思う。
            隣国との関係、その微妙なバランスというヤマアラシのジレンマを、現在はどうやって克服してゆくのだろうか?
            その先にある、争い、戦いに備えながら、相手を理解する術を模索する方法について、なにかを考えてしまう……


            《イヴァンチツェの兄弟団学校》部分、老いた盲人に聖書を朗読する少年

            その次の作品、《イヴァンチツェの兄弟団学校》は一転して牧歌的な雰囲気になる。
            チェコの宗教改革を主題とした作品。教育・啓蒙活動を称えるこの絵は、 社会的地位に格差はなく、知識、神が賜る平穏、無私の精神、そして神の祝福のみがそこにある。人間と自然の融和を称える(※5) まさに人類が希求して止まない世界だった。

            ここだけ写真が撮れるという。
            最近、東京都の美術館でも写真撮影を可能にする美術館が多くなりつつある。(※6)これもその一環のようだ。

            作品保全と著作権問題から長らく撮影禁止の美術館が多かったと思うが、経済への影響――集客へ繋げる展覧会のPRのため、観覧者によるSNSでの拡散――という事情が大きいかも。(※7)

            イヴァンチツェの兄弟団学校の解説:MuseumAnote(2017/5/19確認)

            《ヤン・アーモス・コメンスキーのナールデンでの最後の日々》

            ミュシャ《ヤン・アーモス・コメンスキーのナールデンでの最後の日々》

            神秘、豪華、耽美、劇的、牧歌的……
            そうした作品を堪能した次に、静謐な作品だった。
            一見、地味思える作品に私の意識が向かったのは、タロットカードの「隠者」の札を彷彿させられたためかもしれない。
            向かって左に首を垂れる老人と、地面に置かれた灯。
            哀愁漂う光景にも思えるが、それはまるで夜明け前のような、目覚めの時を予感させる。

            また、一連の中でもこの作品はアクセントのような立ち位置かもしれない。他とは雰囲気が違う分、気になってしまった。

            ヤン・アーモス・コメンスキーのナールデンでの最後の日々の解説:MuseumAnote(2017/5/19確認)

            『ミュシャ展』(2017)チラシ 2

            アイデンティティの確立――自律

            ミュシャの愛国心により描かれた《スラヴ叙事詩》は《スラヴ民族の讃歌》を最後とするが、そこに込められた意図はスラヴ民族のみにとどまらず、全人類の民族自立を求める“戦い”を表現している。それが達成された自由、平和、友愛の最終的な勝利を……

            それから100年の時が過ぎた。
            世界はその勝利を獲得できただろうか?

            それはお互いの自律――“自己であること”――を肯定し、かつ相手のそれを認め敬意を払うことではなかったか?
            それがグローバリズムの根底にあるものではなかったか?
            ポピュリズムの台頭、自国第一主義の暴走が懸念される今日に、この絵を拝見することは、“本来の自律とは何か”を強く意識させられた。

            一個人として翻弄されない自分自身でありたい――
            世界という個人の意思では大きすぎる存在について考える前に、自分の“アイデンティティについても考えさせられた。


            後半には、フランス時代のミュシャの有名な作品と、チェコでの公共事業の建築物やポスター、切手を展示。
            蛇のブレスネットと指環をまた拝見できた。

            『ミュシャ展 パリの夢 モラヴィアの祈り』の時よりも、よりスラヴ時代のミュシャの作品を取り上げた展覧会だった。

            日本でも人気の高い画家なので、日本国内でも数々の図版が出版されている。その殆どが、フランス時代の作品だ。
            今回の展覧会をきっかけに、もっとミュシャのスラヴ時代の作品が注目されると思う。

            公式カタログの作品は、他ではあまり見なかった者が殆どだったので、やっぱり購入。
            他に既刊でスラヴ時代のミュシャの作品についてまとめられているのは千足 伸行『ミュシャ スラヴ作品集』くらいだろうか?

            ミュシャ スラヴ作品集

            ただ、今回の展覧会では、聖ヴィート大聖堂にあるミュシャが手掛けたステンドグラスに関する資料・言及は無かったし……
            やっぱりプラハへ赴く動機は無くならない。

            展覧会の会場内の解説文では、フランス語読みの“ミュシャ”ではなく、チェコ語発音の“ムハ”に統一されていた。
            これは《スラヴ叙事詩》に込めたミュシャの思い、ミュシャのナショナル・アイデンティティへの敬意だとも思う。

            1. 1 『ミュシャ展』カタログ(2017)では ゲルマン民族の戦神トール(p.91) とあったが、持ち物と狼を携えている姿から、オーディンではないだろうか?だが、オーディンのように隻眼ではない……ミュシャが混同していたのだろうか?
            2. 2 『ミュシャ展』カタログ(2017) p.91 引用
            3. 『ミュシャ展』カタログ(2017) p.95 参照

              シメオン1世 - Wikipedia
              https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A1%E3%82%AA%E3%83%B31%E4%B8%96(2017/5/19確認)

            4. 『ミュシャ展』カタログ(2017) p.109 引用
            5. 『ミュシャ展』カタログ(2017) p.117 引用
            6. 6 東京都、都立美術館の写真撮影解禁へ舵? 各美術館の反応は|美術手帖
              https://bijutsutecho.com/insight/351/(2017/5/19確認)
            7. 展覧会で広がる”写真撮影OK”その裏側とは!? 【ひでたけのやじうま好奇心】 | ニッポン放送 ラジオAM1242+FM93
              http://www.1242.com/lf/articles/5869/(2017/5/19確認)
            参考文献
            ミュシャ展

            国立新美術館『ミュシャ展』公式カタログ

            斉藤充夫 『ミュシャを楽しむために』
            http://www.mucha.jp/(2017/5/19確認)
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            株式会社カラー10周年記念展

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              JUGEMテーマ:ヱヴァンゲリヲン

              『株式会社カラー10周年記念展』チラシ

              過去 これまで のエヴァと、 未来 これから のヱヴァ。そして 現在 いま のスタジオカラー。

              公式サイト:
              http://www.khara.co.jp/khara_10th/

              ラフォーレミュージアム原宿( http://www.laforet.ne.jp/museum/ )にて。
              〜2016/11/30まで。

              『エヴァンゲリオン劇場版』公開から10年後、新劇場版の話が話題になり、それからまた10年が経とうとしている、時に、2016年――
              『ヱヴァンゲリオン新劇場版』を製作しているスタジオカラーが10周年を迎えていた。

              見に行けなかった『特撮博物館』(※1)のミニ版、百貨店の催事場で行われた『エヴァンゲリオン展』(※2)の延長といった感じだった。

              展示物の主な内容は『序』『破』『Q』の画コンテ、イメージボード、『シン・ゴジラ』の模型まで。
              それ以外に、『ウルトラマン』『宇宙戦艦ヤマト(以下、ヤマト)』など、過去のアニメーションアーカイブ、『日本アニメ(ーター)見本市』(※3)で上映された作品についての資料群など。


              画コンテの展示は、はまるで一枚の絵画のために画家が何枚も描いた習作を拝見するような、制作工程を知るための資料のようだと思った。
              シーンの画コンテとそこにメモ書きされた内容に、製作に携わる人達がいかにしてイメージを共有しようとしているかを垣間見る。
              セル画の頃は、絵画のように手彩色のフィルムという物体を展示することができるが、現在のアニメーションはCG彩色が主流なので、物理的なカラー作品(を完成した一枚絵と見なすならば)の展示物が少なかった。そうしたものはイメージボードや貞本義行氏によるキャラクターイラストだった。

              もちろん完成物は動画なので、会場でそれを流すことが主体となる。
              アニメを美術館でどのように展示するか――先日の『クエイ兄弟 ―ファントム・ミュージアム―』『東欧アニメをめぐる旅 ポーランド・チェコ・クロアチア』など、神奈川県立近代美術館・葉山館で行われた過去の展覧会と比較してしまう。

              手彩色が主流だった1990年代までの物理的なものがなくなってしまった分、ちょっとさみしくなったと思った。

              しかし画コンテは、上映中は暗い画面上で見えづらかった文様の細部を確認できる良い機会だった。

              「セフィロトの樹」がフラクタル構造になって広がっている文様には、物語について何か表しているのではないかと邪推してしまう……
              集約して1つの到達点に至る形の「セフィロトの樹」が、同じ形を繰り返しながら別の到達点に至るようになっている。
              まるで押井守監督の映画『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』の最終戦の時のような、進化の系統樹(※4)を暗示しているのではないかと……

              『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』第8の使徒イメージボード

              第8の使徒のイメージボード画面下部にはフランス語の一節が書かれている。

              "Il est la mort luy mesme, et n'y a rien au Monde Qui face tant mourir le Monde, que le Monde"(※5)

              それは死そのものであり、世界には何物もない、そんな世界(意訳、亜綺羅)

              ルネサンス期のフランス・カトリック教会音楽、おそらく詩篇からの出典とおぼしき歌詞は、死を怖れおののくものなのだろうか?
              終末思想を描いた古典絵画を意識した描画だった。

              『シン・ゴジラ』第二〜第四形態

              言わずもがな、今年大きく話題になった映画『シン・ゴジラ』のゴジラ第二形態〜第四形態までのフィギュアが展示。
              俗称・蒲田のあいつは、初見の意思疏通ができない不気味さ――死んだ魚のような目だと思った――は、もはや私のなかでも“キモカワ”になってしまった。

              『株式会社カラー10周年記念展』Amazon特典、来場者記念特典小冊子

              会場では来場者特典として、10周年を記念して制作された88ページにわたる豪華冊子の配付があった。
              安野モヨコ氏による描き下ろし漫画『よい子のれきしえほん おおきなカブ(株)』など収録。

              これは会場でアニメーション化されて上映していた。
              10年の軌跡を人間関係の広がりを、ロシア民話『おおきなかぶ』に準えたもの。
              『Q』という大きなカブ(作品)を作り引っこ抜いた時、カブの下敷きになり(鬱病)、ちょっと元気になって畑(スタジオカラー)に戻って来たと思ったら、隣の畑で『シン・ゴジラ』という大きな赤カブを作っている描写にクスッとしてしまった。

              『巨神兵東京に現わる』巨神兵

              もう見れないと思っていた巨神兵を拝見できて、感無量。
              等身大の巨神兵は、後ろから人が動かすマペット(※6)だった。
              ブルーバック上で操作し、風景と合成する。
              今なら、(元型は作るにしても)データ上で描画しモーションキャプチャーで動かす、フルCGで作りそうなものを、あえてマペットで作ったという巨神兵。(※7)
              特撮技術への敬意と、それを“保存する”意図を感じる。

              それは同じエリアに展示されているアーカイブ――『ウルトラマン』で使われた飛行形態の人形や戦闘機、『ヤマト』のセル画など庵野氏が影響を受けた作品で、撮影などに実際に使われたものを保存する試みからも見てとれる。

              巨神兵と『ウルトラマン』然り、『2001年宇宙の旅』など、『エヴァンゲリオン』は多くの先人の作品から影響を受けてつくられた。

              庵野監督も自覚があるように、初代『ゴジラ』の頃のように一から試行錯誤してキャラクターを作る世代ではない。

              何故ならクリエイター達がその先人の作品を見て育った世代であり、どうしても影響されるのだ。(※8)

              しかし、先人からの影響は芸術――美術史でも見受けられること。
              そのなかで画家たちは時代を反映したり、独自性の表現している。そもそも"Art"という言葉の語源自体、“(自然の)模倣”なのだ。(パクリとは違う)

              過去から未来へ――
              後半のアニメ・特撮アーカイブが、技術とは異なる次世代を育てる試みの一環である。
              そして私は、アニメ・マンガは現在サブカルチャーの粋である、それがカルチャーとして定着する――体系づけられる――ための布石になるとも思った。

              「次世代を育てる」という技術面の試みは、最後のエリア『日本アニメ(ーター)見本市』のこれまでの作品アーカイブに集約されていた。

              実験的で面白い作品がいっぱい(>▽<)
              オタク的男性の妄想の塊のような、『ME!ME!ME!』はアイドルな音楽にエロティックでサイケデリックでファム・ファタールな世界観がドラッグのようで素敵だった。

              1. 1 館長庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技 公式サイト
                http://www.ntv.co.jp/tokusatsu/ (2016/11/26確認)
              2. 2 エヴァンゲリオン展 公式サイト
                http://www.asahi.com/event/evangelion/ (2016/11/26確認)
              3. 3 日本アニメ(ーター)見本市
                http://animatorexpo.com/ (2016/11/26確認)
              4. 4 David Bressan "Ernst Haeckel, Evolution and Japanese Anime" History of Geology, February 16, 2016 (English)
                http://historyofgeology.fieldofscience.com/2016/02/ernst-haeckel-evolution-and-japanese.html (2016/11/26確認)
              5. 5 Chansons et Psaumes de la Reforme by Ensemble Clement Janequin (2007-07-10)
                track27.Où est la mort ? au Monde, et le Monde ? en la mort.
                Chansons et Psaumes de la Reforme by Ensemble Clement Janequin (2007-07-10)
              6. 6 https://ja.wikipedia.org/wiki/マペット (Wikipedia) (2016/11/26確認)
              7. 7 https://ja.wikipedia.org/wiki/巨神兵東京に現わる (Wikipedia) (2016/11/26確認)
              8. 8 【参考文献】長山靖生『ゴジラとエヴァンゲリオン (新潮新書)』
                ゴジラとエヴァンゲリオン (新潮新書)
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              アンドレ・ブルトン没後50年展

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                JUGEMテーマ:展覧会

                アンドレ・ブルトン没後50年展

                恵比寿・シス書店にて。
                http://www.librairie6.com/ (2016/11/2確認)

                これも終わってしまった展覧会だけど……
                備忘録。

                今年はダダ(ダダイズム)誕生100周年だった。
                それに因んだ展覧会。

                ユリイカ 2016年8月臨時増刊号 総特集◎ダダ・シュルレアリスムの21世紀 -ダダ100周年&A・ブルトン生誕120年/没後50年-

                『ダダイズム誕生100年』特設サイト:
                http://dada100.jp/ (2016/11/2確認)

                『ダリ展』もあったので、ダリもダダイズムメンバーにいたこと、そしてシュルレアリスムへの先駆けでもあり(※1)『シュルレアリスム宣言』を記したブルトンについて知りたいと思った。
                ブルトンが具体的にどういった活動をしていたかを把握していなかった……

                もちろん私も『シュルレアリスム宣言』は読んだ。
                学生時代の私は、「自動手記」と呼ばれる偶然性に身を任せた技法と、ファンタジーの肯定にただ感嘆していただけだったのだが……

                シュルレアリスム宣言・溶ける魚 (岩波文庫)

                以下、気になった作品について等。


                マックス・エルンスト"A Reunion of Friends"(※2)

                ダダイズムに参加していた友人たち――画家たちをコラージュした作品。
                シュール……もといダダ的な集合写真といった風。
                写真よりも各アーティストの人柄が伺えると思った。

                マックス・エルンスト ”Ballet Dancers”(※3)

                『百頭女』など、コラージュ作品のイメージが強いエルンストの版画作品。

                百頭女 (河出文庫)

                ぱっと思い浮かぶバレエダンサーの面影をあまり感じさせないのは、チュチュの広がりを意識させないためだろう……

                私には母親に怯える子供に見えてしまった。
                遠景のため小ぶりに描かれた人物像が、スカートをはいた女性に威圧されているように受け取ってしまって……
                見ている人間の主観とは恐ろしい……

                会場ではダダイズム、シュルレアリスム運動で活躍した女流画家たち、キャリントンやフィニの作品を拝見できた事が嬉しかった。

                レオノーラキャリントン“Bard Bath”(※4)

                カラスの頭を模したようなペストマスクを装着した医師と老いた神父(G・K・チェスタートン『ブラウン神父』シリーズを思い出す)が、白く骨のような顔で羽毛の無い赤い裸の鳥を囲んでいる。
                タイトル通り、骨顔の裸の鳥は猫足つきのバスタブに浸かっている。

                沐浴や洗礼式を彷彿させる。
                しかし誕生を祝う雰囲気よりも、どこか死の匂いがする……

                ペストマスク、遠景にいるカラス、黒い服のイメージ。
                骸骨を思わせる頭の鳥、その姿は絶滅したドードーのように見える。
                それらがイメージとしての死の匂いを強くさせる。

                ダダに参加していた画家たちの作品だけではなく、ブルトンゆかりの品々の展示、画廊のオーナーがフランスを訪れた際に訪れた場所の写真なども拝見した。

                アンドレ・ブルトンの墓(※5)

                ブルトンの墓の写真の側には、墓石と同じ形の石が置いてあった。
                墓地の側であるアーティストが石を使った多面体を制作・販売していたらしい。
                直接の関係は無いが、縁(えにし)を感じるとの事。
                男性性(上向きの三角形)と女性性(下向きの三角形)の融合という、魔術的・錬金術的な意匠である。
                この2つのバランスが均衡であることで世界は保たれており、どちらかが偏ってもならないという、普遍の真理を象徴していた。

                『太陽王アンドレ・ブルトン』出版に関連する、石と写真の展示もあった。
                ここでは、フランスの河原の石も深読みできるようになる。

                太陽王アンドレ・ブルトン

                石を拾い、太古の世界と交感するブルトン。
                その姿をカルティエ=ブレッソンが写真と文で伝える表題作を本邦初紹介。
                石をめぐる秘教的(エゾテリック)な心象を綴った
                晩年の名篇『石のことば』とともに、ブルトンの魔術的宇宙観の精髄をみる。

                ◆文芸出版 エディション・イレーヌ 新刊書籍のご案内◆
                アンリカルティエ=ブレッソン,アンドレ・ブルトン『太陽王アンドレ・ブルトン』
                より引用
                http://www.editions-irene.com/books/book16.html (2016/11/2確認)

                カルティエ=ブレッソンによる写真

                ブルトンの住まいの側の川、その上流での写真が展示されていた。

                オーナーがそこへ赴き、持ち帰った石は、オブジェになっていた。
                それはブルトンが拾わなかった石、ブルトンが触ったかもしれない石だった。

                日本では河原の石には霊が宿るというが……ブルトンはそうしたものをアートの霊性として見出していたのだろうか?
                などとオカルト的な発想をしてしまう。

                一見、価値の無いものに価値を見いだす――
                深読みされた石に、現代アートの側面を垣間見た。
                否定的な意味ばかりではない。

                傍にはアンドレ・ブルトン『石のことば』を載せた、1957年「シュルレアリスム・メーム」誌も併せて展示されていた。
                中身を拝見できなかったが、今もZINEとして配布されていたら欲しくなりそうな、洗練された表紙の小冊子だった。

                ブルトン本人による作品の展示もあった。
                黒い絵の具を使った、デカルコマニー(※6)による作品。
                ブルトンの娘・オーヴから譲って頂いたとか。
                オーヴによる作品証明書つき。

                Monsieu

                オーナーが パリの古書店で購入した『シュルレアリスム宣言』(1924年刊)の間に偶然挟まっていたメモが、本と共に展示されていた。
                内容がすごく面白くて、興味深い。

                日付は1926年2月4日。
                「ムッシュー宛て」なので、誰かは分からない。かなり酷い内容で、憎む相手あてだった。
                ポール・エルアールの筆跡で、マルセル・デュアルメ、ランチャマン・ペレ、ルイ・アラゴン、アンドレ・ブルトンらの署名がある。

                どうも何かの裁判での陪審員に対して「くそ食らえ!」と言っているらしい……

                エルアールの住所と、当時シュルレアリスム研究所があった住所が書いてあるそう。

                詩人マルセル・デュアルメがやっていた本屋(今は奥様が経営)で手にいれたとか……
                オマケのようについてきたメモの方が貴重という……凄いサプライズな話だった。

                『ダリ展』を見た後に伺ったので、シュルレアリスム運動への内部分裂がらみかと思った。
                後でちょっと調べると、当時、共産党から批判されていたらしく、もしかしたらそれ絡みかも知れない……わからないけど。

                『ダダイズム誕生100年』新聞

                会場で頂いた粋な新聞。ダダ100周年に関するイベント告知のものだった。
                デザインがお洒落で素晴らしい。
                ニュースでも何でも、現代はネット共有できる時代。しかしダダが活動していた時代に最も力のあるメディアは新聞だった。
                当時の雰囲気の再現と捉えると、なかなか面白い。

                因みに、11月からシス書店ではハンス・ベルメールとウニカ・チュルンの展覧会を開催するとの事。
                こちらも楽しみ。


                今回、『ダリ展』を見た後だったため、私の見方がダダの魔術的な部分とシュルレアリスム運動に関する方に偏って見てしまっているのだが…… ブルトンはその思想の相違から、1934年、ダリをシュルレアリスムのメンバーから追放する。(※7)
                それでもダリは自身をシュルレアリストであると宣言した。

                この展覧会を見た後、銀座のライブラリー・バー「十誡」( http://www.zikkai.com/ )へ足を運ぶ。
                今、バー十誡ではダリをイメージしたカクテルを楽しめる。(※8)
                〜2016/11/15までの限定カクテル「La memoria(記憶)」(※9)
                ダリの作品には欠かせない、横倒しのブランデーグラスに卵(プリン)とやわらかい時計(バナナの皮。食べれない!)が添えられている。
                甘くて飲みやすい。シナモンの香りも心地よい。

                秋の名画イメージカクテル◆サルバドール・ダリ

                ダリが見たら喜びそうなカクテルだった。

                1. 『3分でわかるダダイズム! ダダとは?ダダと12人のダダイストたち その思想と作品』
                  http://blog.livedoor.jp/kokinora/archives/1017001727.html (2016/11/2確認) ノラの絵画の時間
                2. Max Ernst"A Friends' Reunion"1922
                  https://www.wikiart.org/en/max-ernst/a-friends-reunion-1922 (2016/11/2確認)
                3. Max Ernst ”La danseuse”
                  https://www.artgallery.nsw.gov.au/collection/works/9392/ (2016/11/2確認)
                4. Leonora Carrington "Bird Bath (Baño de pájaros)" 1974
                  https://www.artsy.net/artwork/leonora-carrington-bird-bath-bano-de-pajaros (2016/11/2確認)
                5. André Breton (1896 - 1966) - Find A Grave Photos
                  http://www.findagrave.com/cgi-bin/fg.cgi?page=pv&GRid=1296 (2016/11/2確認)
                6. デカルコマニー - でかるこまにー | 武蔵野美術大学 造形ファイル
                  http://zokeifile.musabi.ac.jp/デカルコマニー/ (2016/11/2確認)
                7. サルバドール・ダリ略歴2「シュルレアリスト」
                  http://www.ggccaatt.net/2014/11/20/dali-biography2/ (2016/11/2確認) 山田視覚芸術研究室
                8. 秋の名画イメージカクテル◆サルバドール・ダリ
                  http://www.zikkai.com/news/post-827.html (2016/11/2確認)
                9. Salvador Dalí"The Persistence of Memory"1931
                  https://www.moma.org/collection/works/79018 (2016/11/2確認)
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                クエイ兄弟 ―ファントム・ミュージアム―

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                  JUGEMテーマ:展覧会

                  クエイ兄弟 ―ファントム・ミュージアム―

                  公式サイト:
                  http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2016/quaybrothers/(2016/10/23確認)

                  神奈川県立近代美術館・葉山館にて。

                  終わってしまった展覧会だけど……やっぱり書いておこう。
                  書店で公式図録を拝見して、コラージュ教室でご一緒だった方から薦められ、遅ればせながら足を運ぶ。

                  クエイ兄弟 ファントム・ミュージアム

                  過去の展覧会でシュヴァンクマイエルをはじめとする、チェコアニメを取り上げた葉山館。
                  この展覧会はその延長のようだった。

                  【過去日記】東欧アニメをめぐる旅 ポーランド・チェコ・クロアチア

                  シュヴァンクマイエルの影響を受けたという双子の作風は、東欧的な閉塞感とアンティーク感に溢れていた。
                  それでも東欧と異なり、ガラクタのキモさを抑え、ちょっと洗練させていた。

                  映画 / Films

                  会場では映画作品の一部を上映。その側に、撮影に使われたジオラマが展示。
                  映画の“本物”があることに感動する。

                  髪と登頂部が無い、頭からっぽの人形は、まるでドクロのよう。
                  また、からっぽな分“入れることができる”こと、観るものに感情移入させる余地を持たせていた。
                  作品によっては眼球も無かったが、“目は心の窓”と言われる分、それが無いことも、前述を強化する。

                  アンティークの品々、特にハサミへの関心を高く感じる。

                  裁縫のイメージから来る、クリエイティビリティの想起だろうか。

                  裁つ(解体する)ためのハサミ。
                  パーツを縫う(結合する)糸と、そのための針。

                  服を裁つように人形のパーツが解体され、別のものと結合する。
                  先程と違う何かに変容する様が錬金術のようでもある。

                  ハサミという、閉じられている限りは安全だが、開くと刃があり傷付ける能力を有する緊張感。

                  ストップモーションによる独特な動き――
                  コマ撮りで無機物を動かす手法は、CGが発達した現代では、不自然さよりも素朴さと物質のリアリティの方が際立って見えた。

                  クエイ兄弟の作品の魅力は「不安感」だった。
                  映像にはホラー映画的手法が用いられている点からもうかがえた。
                  暗い画面、影、店舗が早く無機質で単純な音階……

                  不安感――ふと、抑圧された子供のイメージを見出す。
                  それは人形というアイテムだけでなく、アンティークにみる懐古趣味が“過去の思い出”を象徴すると思ったからだ。

                  箱の中の世界は、閉塞的で奥深い。

                  私が閉鎖した箱世界の中で展開される小宇宙のイメージを意識させられ、それが美しいと思ったのは、ターセム監督の映画『ザ・セル』だったが……ターセム監督は影響を受けたのかも知れない。

                  ザ・セル デラックス版〈特別プレミアム版〉 [DVD]

                  ぎこちなく水平方向に動くカメラワーク、接写、人形世界――共通点がある。
                  会場で上映されていた、《ストリート・オブ・クロコダイル("Street of Crocodiles [1986]")》が、そのイメージの原泉だろう。
                  薄汚れたガラスケースからも、それが伺える。

                  ターセム監督は現代アート愛好家であることを公言していた。有名な馬の輪切りシーンは、デミアン・ハーストのホルマリン漬け作品のオマージュ(※1)だし。影響を受けていたと思う。(※2)

                  箱の中の世界――それはコレクションボックス、標本箱を想起させられる。
                  それに沿うような、博物学的な世界観の映像もあった。
                  この展覧会と同じタイトルの"Phantom Museum"という映像には、古い解剖学人形や、頭に穴をあけるための手術器具などの資料映像が淡々と流れる。
                  日本では滅多に見られないコレクションに、興味をそそられる。医学的な意味合いのあるそれらは奇想の美に見えた。

                  ミュージックビデオ & コマーシャル / Music Videos & Commercials

                  映画作品だけでなく、短編作品――CMや映像会社などのロゴも上映。

                  フランスの天然炭酸水バドワ(BADOIT)のCMでは、ストップモーションで動くシマウマとライオンの人形がサバンナで優雅に食事(二頭の間を取り持つのがバドワ)したりとコミカルなものまであった。

                  "The Calligrapher, Parts , , "

                  カリグラフィーで描かれた紳士が、天井から突き出ているペン先をとり、それで紙面に直線を引く。すると“パララッ”と羽ペンを持った手が増える。
                  それらがスラスラと紙に翼を描く。それは本物の青い羽根になり、紳士はそれをおもむろに頭に挿す。すると天井の空いた穴からペン先が突き出てくる――そして1コマ目に戻るという、無限ループ。

                  他にも映画のためのイメージイラスト、演劇のポスターに、舞台芸術(そのときの舞台写真、イメージイラスト、ミニチュア)まで……!

                  コラージュで構成されたチラシは、映像作品に見る解体され再構築された毒気よりも、サスペンス性が強い印象を受けた。

                  それとは別に、前述の動画とも絡むが、カリグラフィーの美しさに惹かれる。
                  今はパソコンで様々な欧文フォントが無料で手に入ってしまうが、手書きの自由さには叶わない……
                  デジタルに慣れてしまって、そうしたものが斬新――むしろ技巧を凝らした美しいものに見えるようになった。

                  舞台芸術は、映像作品の箱世界そのままに、東欧の幻想的な閉塞感があった。
                  フランツ・カフカの小説のような雰囲気だった。

                  最終日に駆け込みで行ったので、もうちょっと堪能したかった……

                  《鹿 / デコール(中央部)「粉末化した鹿の精液」の匂いを嗅いでください》
                  クエイ兄弟《鹿 / デコール(中央部)「粉末化した鹿の精液」の匂いを嗅いでください》

                  最後に展示されていた作品のみ、撮影OKとの事だったので、激写(違)
                  それは今年の夏にお二人が来日されていた時、デモンストレーションで描かれた作品だった。

                  麝香の事を指しているのだろうか……?
                  葉山の自然と絡んで、繋がりがあるようにも思った。そもそも葉山に鹿がいるのか、あの鹿の角は現地調達なのか、私には知る由もないけど……


                  ダリ展北川先生の個展に続いての、シュールな世界観に堪能する。
                  それらに展示されていた作品群に共通することは、緊張、閉塞、不安だろうか……
                  私は何故、それらに魅かれるのだろうか。

                  丁度読んでいた本に、アートの何たるかを簡潔に表している文章があり、それがこれらを堪能する動機を簡潔に示していると思う。

                  現代アートに限らず、アートがもたらすべきものは強さです。この強さはいろいろなやり方で表現できます。楽しさ、悲しみ、何でもいいのです。その強さで、私たちは世界と私たち自身の関係を新しくすることができ、突如として、ほかの誰かの眼鏡で物事を見られるようになる。

                  ダニエル・グラネ『巨大化する現代アートビジネス』(p.297)

                  映像作品とその関連する資料のみでなく、ポスター、チラシ、独自に作った紙媒体など展示されている数も多かった。

                  薦めて下さった方がおっしゃっていた通り、コラージュのインスピレーションとしても刺激を受けるし、シュヴァンクマイエル的な世界観も私好みで大満足した展覧会だった。

                  DVDやBlu-rayも多数出ているので、機会があったらまた見たい。

                  ブラザーズ・クエイ短編作品集 [Blu-ray]
                  1. Damien Hirst "Some Comfort Gained from the Acceptance of the Inherent Lies in Everything"
                    http://www.damienhirst.com/some-comfort-gained-from-the-a (2016/10/23確認)

                    "The Cell (1/5) Movie CLIP - Boy With a Horse (2000) HD"
                    https://youtu.be/RNP4caHnknA (2016/10/23確認)

                  2. ちょっと調べると、ターセム監督の映像にクエイ兄弟を見いだす人がいらっしゃった。

                    春巻まやや『落下の王国 |春巻雑記帳』 http://springroll.exblog.jp/9529296 (2016/10/23確認)

                    ヒロインの少女が病院で治療を受けるシーンが人形劇で象徴化され、その中で頭から紙の巻物を引き出す描写がある。
                    "The Fall - animated dreamsequence" https://youtu.be/_4EK0thCDYg (2016/10/23確認)

                    【過去日記】落下の王国

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                  北川健次展 Glass Obsession−スピノザの皮膚の破れ

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                    JUGEMテーマ:コラージュ

                    JUGEMテーマ:個展

                    北川健次展 Glass Obsession−スピノザの皮膚の破れ

                    日本橋高島屋6階・美術画廊 X にて。
                    http://www.takashimaya.co.jp/tokyo/event3/#os7708
                    〜2016/10/17まで。

                    こちらの画廊での先生の個展は八回目。

                    今回の先生の展覧会は、立体コラージュ、箱の作品が多かった。
                    黒い表本箱、あるいはガラスケースに入った、個々の世界観。

                    個展のタイトル通り、ガラスを意識させる。
                    透明で“姿が見えないように”存在するマチエール(素材)。
                    割れたり、経年で薄汚れていたり、熱と力で変形していたり……

                    アンティークの品々、ヨーロッパの街並みの写真をマチエールとした作品群。
                    私には異国情緒よりも異界の情景だった。

                    以下、気に入った作品の感想。


                    《Nijinskiの廻る肉体》

                    一見すると、ジニンスキーの写真にバネ?なのか金属の渦巻きとガラス板が配されているだけのよう。
                    だが、それらマチエールが各々で額縁効果を果たしている。
                    マチエールを境界にトリミングして見ると、それぞれが余白を活かす大胆な構成になる。
                    透明なガラス板が切り取る「ジニンスキーの顔」
                    金属の渦巻きが円形に囲む「ジニンスキーの脚」
                    さらに跳躍と円を描くジニンスキーの舞踏のイメージと、金属の渦巻きと歯車の円形が呼応する。

                    《Leda》

                    箱の中身を殆ど覆ってしまう青い羽。
                    向かって右に辛うじて見える絵画の足のうら。
                    タイトルからギリシア神話の『レダと白鳥』を、隠された秘め事を暗示させる。
                    青い羽はクノップフ《私は私自身に対してドアを閉ざす》に現れる、眠りの神・ヒュプノスの胸像にある青い羽を思い出させた。
                    夢という他人には不可侵の領域を…………
                    羽毛布団などという俗な発想をも、ちょっとしてみる(笑)

                    《サラ・ベルナールの補われた七月の感情》

                    私はパンフレットの写真を拝見しながら、「この繊細なガラスの糸に対して、貫禄のあるサラ・ベルナールを見いだすのか……?」と悶々としていた。
                    しかし現物を前にすると、そのガラスの糸にしなやかな強靭さを感じ、それを足掛かりにアール・ヌーヴォーのミュシャが描いたサラ、女性の身体と流れる髪のイメージが結び付く。

                    ……タイトル忘れた

                    数少ない平面コラージュ作品は、改めて先生のトリミングの上手さに感嘆する。
                    僅かに残された女性の下唇と顎先――
                    その切断されたラインは後ろに配された植物の葉脈に繋がっていた。
                    それが作品の一体感なっている。

                    私がコラージュを作ると、つい首から上を切り離してしまうのに、先生はそうなさらない。
                    先生の制作過程での繊細かつ凄い集中力を想像して、感嘆してしまった。

                    唇の血色の良いピンク色は、他のマチエール――水色のドレス、深い緑の植物の葉、カメラのレンズ?――の寒色に対して差し色になっている。
                    それが官能的に見えた。

                    北川健次先生オフィシャルサイト
                    http://kenjikitagawa.jp/

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                    ダリ展

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                      JUGEMテーマ:展覧会

                      『ダリ展』国立新美術館 チラシ1

                      公式サイト: http://salvador-dali.jp/

                      乃木坂・国立新美術館( http://www.nact.jp/ )にて。
                      〜2016/12/12まで。

                      かつて画集で見たダリの作品の、本物をようやく拝見。
                      『ダリ回顧展』に行けなかったため。

                      どの作品も力があるので、個別の作品に対する感想を挙げる力が、今の私には無かった……(消化不良気味)
                      観たかった、《引出しのあるミロのヴィーナス》(※1)の、引き出しを開けるエロティックさ……隠されたものを暴く衝動、もしかしたら引き出しの中にはヴィーナスのパンツが入っているかもしれない。とか。
                      取り留めのないものになりそうなのだが……このブログは私の備忘録なので、ご容赦を。


                      模倣 ――オマージュ、印象派、自然

                      こうしてダリの作品を見ていると、時代毎に作風が変わることが見て取れる。
                      ただしそれは、同時代の盟友ともいうべきピカソとは異なる印象がある。
                      ピカソの実験的なイメージ、試行錯誤の量産に対し、ダリは外や過去から吸収した絵画を独自フィルタを通しアウトプットしている様相がより強かった。
                      先人の画家たち、シュルレアリスムの画家たちとの交流から得たもの、同時代の他の派閥の画家の作品イメージを積極的に取り入れているため。 《魔女たちのサルダーナ》(※2)は思い切りマティス《ダンス》(※3)を思わせる、手をつないで輪になっている裸婦像だった。

                      最初期の作品は印象派のよう。点描画のスタイルまであった。
                      描かれているのは彼が愛したカダケスの眺望だという。
                      夕方の情景だろうか?黄味を帯びたのピンクの絵具が使われているのでそう思った。
                      色彩が豊かになる瞬間だからなのか、ノスタルジックな雰囲気が印象的で、ダリの眼には焼き付いて離れなかったのかもしれない。
                      そしてカダケスの地形が、ダリの作品にみる独特な歪み、曲線のルーツだった。

                      コラージュ ――再構築

                      シュルレアリスム運動、そこで関わったコラージュ技法の影響からか、オマージュ作品……それは反復する同じもの――転じて同じ形の連続、連想ゲーム――という作品全体に一貫 する形への関心が生まれたのだろうか。

                      キリコを思い出させる無人で緊張感のある遠景、ピカソとの交流と互いの影響……

                      《子供、女への壮大な記念碑》(※4)の中に埋もれる《モナ・リザ》をはじめ、複数の絵画のオマージュからも、コラージュ的な要素を取り入れているように思った。

                      そう前述したものの、コラージュは反復することを前提とした技法ではない。反復を可能にするだけだ。
                      コラージュは切り抜いたマチエール(素材)を“再構築”をする表現技法だ。
                      それに準ずる作品群は《三角帽子》(※5)だろうか。19世紀のボタニカルアート、昆虫図鑑を元に加筆して、新たな作品をつくっていた。

                      以前、「ダリはトリミングの天才」と、コラージュ作家・北川先生から、フェルメールの作品に関する講義で教えていただいた。

                      【過去日記】北川健二『フェルメール絵画の謎の本質を読み解く』

                      その時、ダリがフェルメールを敬愛していた事も教えて頂いた。
                      フェルメール《牛乳を注ぐ女》の足元にある不思議な箱――足温器(当時のヒーター)部分をトリミングしたら、ダリっぽい作品になるところからも、ダリのインスピレーションであった事をうかがえる。

                      フェルメール

                      《謎めいた要素のある風景》(※6)の中央にいる画家は、フェルメール《絵画芸術》(※7)に描かれている画家そのものだった。

                      ‘父の書斎に《レースを編む女》(1669-70年頃、ルーブル美術館蔵)(※8)の複製画がかかっていたことから、この画家はかなり初期からダリにとって重要な拠り所であった(※9)'ようだ。

                      その遠景に佇む、セーラー服の少年は、ダリ自身だという。タイトルからも暗示的で、短絡的に考えると、ダリの画家としての決意表明のように思えた。

                      『ダリ展』国立新美術館 チラシ2

                      メタモルフォーゼ ――変容

                      ダリの画家としての決意表明――それはいったい、何であろうか?

                      それは例えば、ダリの“カタチ”への関心、反復する形状――
                      似た形が、一見関連しないものに繋がりがあったり、あるように意識させる。
                      対象の抜き取られたフォルムが遠景の洞穴だったり、アーチ状の回廊の下で休む人物像で構成された顔だったり……
                      だまし絵の様相がある。

                      ‘私たちの視覚はふたつながらを同時に見ることは不可能なのである。(中略)人間の意識はそれほど完全に視覚に命令を伝達しえな いから、というよりも私たち人間はまず見る動物であるから、凸面が凹面に、さらに再び凸面へと変わり、ある種の眩惑の瞬間を味わうことになる'(※10)

                      それらは“変身”のように思えた。 コラージュの“再構築”する技法は、錬金術を連想させる。それが転じて晩年の科学――原子論への関心に繋がるのだろう。

                      多彩なメディア

                      コピー、オマージュ、そして独自性……
                      有名な作品だけでなく、小作品も展示されていた。ダリの多彩/多才な作品群。

                      マリリン・モンローの顔をモティーフにした調度品然り、『ガラの晩餐』のコース料理の絵(この絵は楠本まき『耽美生活百科』でも取り上げられてた。復刻版後日発売予定らしい?)

                      耽美生活百科 (YOUNG YOUコミックス)

                      日常に ちょっと手を加えると不可思議になる。

                      宝飾品のデザイン

                      『トリスタンとイゾルデ』『オフィーリア』など、文学をモティーフにしたものが印象的だった。
                      主題のためか、アールヌーヴォー的にも見えた。

                      《トリスタンとイゾルデ》は、向かい合った二人がルビンの杯――心理学のだまし絵のモティーフになっており、それが物語を暗示する。
                      杯を注視すれば、それは二人の破滅への運命の愛をもたらしてしまう魔法の媚薬をいれたもので、誤ってそれを飲んでしまった二人が見つめあっている――

                      ミレイのイメージが強くなってしまったオフィーリアの、水に浮かぶ顔を正面から(見下ろすように)描写しながら、その顔の中央には宝石が填まっている。
                      「オフィーリア」の名がなければ分からない、しかし水面に広がる髪が暗示する――

                      映画

                      ルイス・ブニュエルとサルバドール・ダリによる映画『アンダルシアの犬』が会場と休憩室で上映されていた。
                      手に穴が開いて、そこから蟻が湧き出したり、眼球が切り裂かれたり……
                      男と女の関係性の物語だが、明確なストーリーはなく、不条理劇、悪夢的、狂気的なものの元祖だろう。

                      何よりこれは動くシュールレアリスム……
                      この映画を観ていると、ダリの絵画はみな“動的”だったことに気付かされる。

                      "Un Chien Andalou Trailer Original" (1929)

                      無声であることで、かえって想像力を掻き立てられる。


                      別の場所では、アメリカとダリの関係の表れとして、ディズニーとのコラボアニメーションが会場で上映されていた。

                      "Destino" (1946)

                      ダリのデッサンをもとにそのシュルレアリスムの世界をアニメーションで表現するという作品であった。
                      軽やかな動きと女性の顔がディズニーで、世界観がダリ。
                      古き良き時代の音楽とともに、こちらも男女の関係性の物語が展開する。こちらの方は明るく、夢想的。
                      私はスペインの光と影が織りなす、コントラストも意識させられた。

                      映画作品を作るのだから、ダリがアニメ表現にも関心を持つのは想像にかたくない。
                      しかしこの映画は資金不足で頓挫する。だが2003年完成した。
                      CGも駆使した、重く流動する構造物は、セル画では難しかったと思う。

                      映画と言えば、映画『ホドロフスキーのDUNE』では、皇帝役のオファーがあった。 この映画は実現することが無かったが、資料映像では演説するダリの姿と、(本妻であるガラ夫人公認の)愛人・アマンダ・リアが当時の様子を答えている。

                      ダリが愛する人というと、どうしても外せないガラの存在。
                      彼のミューズで数々の作品に現れ、今展覧会に多数コレクションを提供した美術館の名前にもなっている。
                      かかあ天下だったのだろうか……?
                      ゴシップな愛憎劇も含めて、自身の作品だったのかもしれない。
                      『美術手帖 2016年10月号』では、ダリとガラの関係は、ドラマティックなコミックになっていた。

                      美術手帖 2016年10月号

                      参考資料として、リアルタイムで活躍していた頃に出版された書籍、自伝なども展示。
                      彼がいかにメディア(あらゆる媒体、表現であれ、報道であれ)を意識し、多才であり天才を演じていたかが垣間見れる。

                      ダリよ、貴方の計らいは間違っていなかった―― 私達はダリの死後もメディアを通して、面白い貴方を見ることができる

                      個人的に気になっていた、ダリによる闘牛に纏わる作品も複数。(個人的に闘牛に関して気になっていたため)
                      《「幻覚を与える闘牛士」のための習作》では、闘牛士の姿がはっきりと描かれている。
                      2体の《ミロのヴィーナス》によって作られた闘牛士の肖像。
                      ピカソも闘牛士に纏わる作品を多数描いていたが、ミノタウロス神話をモティーフにしたそれとは異なる。

                      私が闘牛への関心を強くするきっかけとなったコミック、えすとえむ『Golondrina-ゴロンドリーナ-』3巻でも、彼の名前にちなんだキャラクターが出てきた。
                      ベテラン銛突きで、顔や設定に、ダリを彷彿させる。
                      ダリの後世への影響は、極東の島国のサブカルチャーにも及んでいた(笑)

                      Golondrina-ゴロンドリーナ 3 (IKKI COMIX)

                      【過去日記】『Golondrina-ゴロンドリーナ-』考察 ――闘牛とフラメンコ考

                      《ウラニウムと原子による憂鬱な牧歌》(※11)

                      原爆に関する作品があったとは知らなんだ……
                      ピカソ《ゲルニカ》と同様に、現場の生々しさではなく、報道などから知ったのであろう。抽象的な恐怖――むしろ憂いのようなものを感じた。
                      エノラ・ゲイと思われる機体が描かれた頭部と、それに寄り添うような鳥が飛んでいる青空――これも顔の形を成している。
                      形の反復が、一連の時間の経過や事象の二面性を表しているように思えた。

                      死の恐怖、死者への哀悼よりも、戦争への絶望と憂いではなかろうか?
                      当時、ダリは原子論に関心があったようだし、あらゆる原初の存在、夢のエネルギーである原子が、戦争で使われれば大勢の人を抹殺できること――この絵画の遒重いタールのような曲線の中に、それらに対する批判を感じた。

                      『ダリ展』グッズ

                      会場のグッズコーナーでは、ダリの作品をモティーフにしたピンバッジのガチャポンがあった。1回1ダリ(架空通貨。1ダリ=300円)。
                      ガチャポンというよりは、「誰得ギミック?」な巨大な回転抽選器で、回すと白い卵形カプセルが坂を転がってくる……
                      途中で止まっちゃったけど。

                      出てきたものは《ウラニウムと原子による憂鬱な牧歌》の、憂いを帯びた青い空の顔だった。

                      帰りに書店に立ち寄る。
                      『ダリの塗り絵』販売記念で、対象書店で『ダリ展』の半券を提示すると、ポストカードが貰えた。

                      ダリの塗り絵

                      ぴあ「ダリの塗り絵」発売記念!ダリの「オリジナルポストカード」がもらえるキャンペーン実施中!
                      http://www1.e-hon.ne.jp/content/cam/2016/dali.html (2016/10/6確認)

                      参考文献
                      ダリ (岩波世界の美術)
                      ダリ (岩波世界の美術)
                      僕はダリ (芸術家たちの素顔)
                      僕はダリ (芸術家たちの素顔)
                      1. 1 Salvador Dali"Venus de Milo with Drawers (and PomPoms)" 1936 The Dali Museum
                        http://archive.thedali.org/mwebcgi/mweb.exe?request=record;id=380;type=101
                      2. 2 Salvador Dali"La Sardana de las Brujas" 1920 The Dali Museum
                        hhttp://archive.thedali.org/mwebcgi/mweb.exe?request=record;id=173;type=101
                      3. 3 Henri Matisse"Dance (I)" 1909 The Museum of Modern Art
                        http://www.moma.org/collection/works/79124
                      4. 4 Salvador Dali"La mémoire de la femme-enfant" 1929 Museo Nacional Centro de Arte Reina Sofía
                        http://www.museoreinasofia.es/en/collection/artwork/memoire-femme-enfant-memory-child-woman
                      5. 5 Salvador Dali"Illustration for Tres Picos" 1955 The Dali Museum
                        http://archive.thedali.org/mwebcgi/mweb.exe?request=record;id=1778;type=101
                      6. "Enigmatic Elements in a Landscape" 1934 Dalí Theatre-Museum
                        http://www.salvador-dali.org/museus/teatre-museu-dali/the-collection/145/enigmatic-elements-in-a-landscape
                      7. 7 Johannes Vermeer van Delft"Die Malkunst" 1666-1668 Kunsthistorisches Museum
                        http://www.khm.at/objektdb/detail/2574/
                      8. 8 ヨハネス・フェルメール《レースを編む女》1669‐1670 ルーヴル美術館
                        http://www.louvre.fr/jp/oeuvre-notices/《レースを編む女》
                      9. 9 図録『ダリ展』(2016国立新美術館) p.100
                      10. 10 坂崎乙郎『幻想芸術の世界』講談社 1981 p.184
                        幻想芸術の世界―シュールレアリスムを中心に (講談社現代新書 189)
                      11. 11"Uranium and Atomica Melancholica Idyll"
                        http://www.museoreinasofia.es/en/collection/artwork/atomica-melancolica-melancholic-atomic
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