北川健次展 盗まれた記憶――Francesco Guardiの郷愁に沿って

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    JUGEMテーマ:コラージュ

    北川健次展 盗まれた記憶――Francesco Guardiの郷愁に沿って

    コロナ禍の間に、半年前の記事を絶賛消化中……

    日本橋・高島屋 美術画廊X にて。

    リアルタイムで書けなかったことも相まって、作品のタイトルを失念してしまったり……
    個展全体の感想。

    展示会のタイトルから()、都市の情景を中心にした奇想のイメージを想像していたが(以前の展覧会でそういう作品が多かったので)、また異なるイメージを受けた。
    箱の中に閉じ込められ、圧迫されてゆく都市空間よりも、くるくると回転するイメージを得た。

    ブリューゲル・父《バベルの塔》の前に置かれたアンティークの糸巻き。そのシルエットはバベルの塔に重なり――むしろ立体化したようなイメージ――、像を反復させるような効果があった。
    バベルの都市空間を拡張するような、抑圧するような、相反する動き、エネルギーのイメージを見いだす。

    別の作品では、踊り子を取り囲むようにガラス細工の細い繊維が弧を描く。
    以前の作品で、ジニンスキーの写真を使ったものがあったが、その変化系のように思う。ジニンスキーを測り、解析するような作品だったが。

    以前の展覧会で先生の作品群に“計測”のイメージを強く持っていた。
    今回の展覧会を拝見して、円環と螺旋というキーワードが頭をよぎる。
    円環は同じ個所に帰結する――はじめと終わりが常に同じ所にある――完結する閉じた形。そして螺旋という、同じ形の繰り返しのようで少しずつ変化する形。
    アンティークのレンズや歯車、渦巻き型のバネと螺子……そうしたアイテムがこの2つの二次元と三次元の円形のイメージや動きを補強する。

    北川健次先生公式サイト
    http://kenjikitagawa.jp/

    1. Francesco Guardi (1712 - 1793) | National Gallery, London
      https://www.nationalgallery.org.uk/artists/francesco-guardi
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    AFTERL-IFE WORLD

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      JUGEMテーマ:個展

      『AFTERL-IFE WORLD』チラシ

      コロナ禍の影響もあって、どこの美術館も休館になってしまった……
      残念だけど、その間に半年前の記事を絶賛消化中……

      展覧会詳細ページ:
      https://www.diesel.co.jp/art/mad_dog_jones/

      渋谷・DIESEL ART GARELLYにて。
      https://www.diesel.co.jp/art/

      DMのサイバーパンク感あふれる、サイケデリックな色彩に惹かれ、足を運ぶ。
      DIESELのファッションとも相性が良いであろう、ストリートファッション系の作品かと思っていたら、違った。

      ネオンの光やそれを反射するビニールの幕が下がって、空間自体もサイケデリックな色になっていた。それは夜の繁華街、バーの内部のようだった。

      『AFTERL-IFE WORLD』会場風景1

      リアルな東京が再構築され、あり得ない構造物や色彩になっている作品群。
      私が普段生活している日常の風景はちょっと非現実な世界になっていた。
      会場のキャプションにも記されていた‘サイバーパンクと大自然という相反する要素を巧みに融合させた’という世界観。「大自然」とは何か?それは‘ありのままの現実世界’という意味合いなのかもしれないと私は思った。
      ギャラリーのキュレーター(スタッフ?)さんからは「都市もまた自然の一部」と解説を頂いた。人の営み、特に都市が人間により自然から切り離されたものと見なすのではなく、都市とは自然から“発生”したものであるという解釈だった。

      人気のない街や部屋の内部。カタカナの長音文字が90°倒れていたり、昭和のこじんまりとした居酒屋とビル群。複数本走る高速道路を見上げるアングル……闇鍋じみた混とんとした世界に、魑魅魍魎のようにサブカルチャーのキャラクターが顔を出す。

      『AFTERL-IFE WORLD』会場風景3

      キュレーターさんに伺ったが、上に掲載した写真の右下の2枚の絵にはストーリーが存在していた。
      右側の絵の中の男(『AKIRA』の金田の赤いジャケットを着ている)と、左側のラーメンを食べている手の女(周りのアイテムから『美少女戦士セーラームーン』の月野うさぎを暗示させる)は付き合っていたが、破局した。男は階段の手すりに座り、落ち込みうなだれ何も手につかない。女の方は昂る感情をてラーメンをやけ食いすることで解消しようとしているという。

      ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』は「千葉シティの空は、空きチャンネルに合わせたTVの色だった」という有名な一節で始まります。電脳空間という「別次元」を舞台とした新たなSFの領域、」イメージを開き、SFのパラダイムを組み替えた作品で、文学としても一級です。
      なお、同じ時代に、映画の世界では、ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を原作にしながらそれとは別物の異様な近未来イメージを提示したリドリー・スコット監督の『ブレードランナー』が、やはりSFの新たな次元を開きました。
      これら作品を始めとする八〇年代SFの多くが、「日本」をお気に入りのアイコンとして用いています。前近代から超近代までが雑然と同居する現代日本社会には、彼らの感覚にぴったりフィットするテイストがあるのでしょう。

      瀬木比呂志『リベラルアーツの学び方』p.397(電子書籍)

      リベラルアーツの学び方 (ディスカヴァー・レボリューションズ)
      『AFTERL-IFE WORLD』会場風景2

      アジア特有の、所狭しと建物が並び、電光掲示板の光にあふれ、終始流される広告が溢れる賑やかさ。
      しかし路地一本入ると喧騒が嘘のように無かったり、昔ながらの店があったり、稲荷神社など庶民的な信仰が残っていたりする。
      端的に思いうかぶ過去と未来が交差して成り立っている現在を東京の街は体現しているように、今も見えるのだろうか?

      去来する時間軸が混在するだけが、東京の街の魅力ではなくなったように私は思う。それは現実とファンタジーの混合だ。
      “クール・ジャパン”と呼ばれる日本のアニメ作品は、低予算で作る子供向け媒体と思われていたアニメの概念を覆したし、日本国内の“サブカルチャー”の熱気――グッズや広告が溢れ、街の中に“当たり前のように存在するキャラクター達――は欧米では見ない光景だと思う。
      こうした闇鍋じみたところが魅力のひとつではないだろうか?

      私にとって、海外の作家さんが日本をリスペクトしてくれる作品が興味深いのは、普段何気なく生活している空間で気づかなかったものを気づかせてくれること、魅力を再認識させてくれることだと思う。

      MAD DOG JONES(マッド・ドッグ・ジョーンズ) offical website
      www.maddogjones.com
      www.instagram.com/mad.dog.jones

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      ミュシャと日本、日本とオルリク

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        JUGEMテーマ:展覧会

        『ミュシャと日本 日本とオルリク』チラシ

        半年前に見た展覧会の感想を絶賛消化中……

        千葉市美術館にて。
        http://www.ccma-net.jp/exhibition_end/2019/0907_1/0907_1.html

        前回観に行った展覧会みんなのミュシャに続くような内容。
        チェコ出身の二人の画家(イラストレーター)の画業を通して見る“ジャポニズム”(日本から西洋への影響)と、西洋から日本への影響を見る展覧会だった。
        その共鳴を楽しむ。

        ミュシャの作品は直近の『みんなのミュシャ』と被るものもあり、作品の個別の感想は割愛。どちらかというと展覧会全体のになってしまった。


        ヴァレンティン・ヘルディチカ《「日本の版画 ブルノ P.U.Vクラブ第31回展覧会」ポスター》

        会場の最初には、ミュシャにも影響を与えた“ジャポニズム”の基となったものを紹介。
        琳派の版本、染物の型紙、浮世絵。
        紙媒体、陶磁器などの工芸品を介して、日本という国がまず認識されていく。
        植物文様と西洋絵画にはない大胆なトリミングがヨーロッパの人々に衝撃を与えた。

        それらはパリからチェコにも広がる。
        ヨーロッパの人々が少ない資料から描き出した着物は、やはり日本人の私から見るとどこか変。エマヌエル・スタニェク《「貿易商メゾン・スタニェク」ポスター》の東洋人がまとっている着物?は、糊がきいておらずしまりがない。ゆったりとガウンを羽織るように着ていて、2枚羽織った上から帯揚げで結んでいるような感じ。
        カレル・シムーネク《「パノラマ・ゲア」ポスター》は、着物の描写はリアルだが、扇子と花を持ったスタイルに違和感を覚える。おそらく三味線などを持っている芸妓の写真かをみながら作成したような形をしていた。

        ヨゼフ・コジェンスキー(著)『日本』 1895 表紙

        旅行家であるヨゼフ・コジェンスキ―『日本』という訪日旅行記の、松に鶴という日本的な意匠をあしらった装丁が印象的だった。金色のアルファベットの組文字が恰好良い。
        この本は日本語訳が現在も出版されていた。

        こうした記録、紙媒体を通して“ジャポニズム”が広まったことを考えると、装丁、ポスター装飾を多く手掛けていたミュシャが取り入れるのも、何となく頷ける。
        ジャポニズムのポスター芸術は、アール・ヌーヴォーの、ミュシャの作品に引き継がれる。

        ミュシャの連作〈宝石〉シリーズの4作品が展示されていた。それには作品の女性を模した額装が施されていたが、当時のものでもなく、作りが甘かったので残念……

        華やかなミュシャとチェコのポスターを堪能していると一転、日本の原風景の作品群。

        この展覧会で初めて知った、エミール・オルリクという人の作品だった。それらは当時の日本の風俗と日本美術を異国に伝えたのだろう。

        チェコ人であるオルリクからすれば、日本の風景は異国であり“異世界”だ。だが鑑賞者の私には、過去の世界ではあるものの“日常の風景”の延長のように思え、目新しさは感じない。
        郷愁でも「いつか見た風景」という感覚も、不思議なことに乏しかった。

        当初の“エセ日本”に違和感を覚えていたのだが、乏しい資料の中で想像力を駆使し、異国への情景をこめて独自の解釈をした“エセ日本”には華やかさがあった。
        オルリクの木版にあるリアリティはそれを一切排した記録写真のようでもある。故に、珍しさを感じなかったようだ。

        今回の“ジャポニズム”を通して私が自覚したのは、日本を見たいのではなくジャポニズムという独特な世界をみたかったという事だった。

        オルリクは日本の原風景を紹介しただけではなく、日本の多色木版画をヨーロッパに紹介した。リトグラフ(石版)での多色刷はあれど、木版での多色刷は斬新だったようだ。
        訪日して日本の版画を学び、ウィーン分離派で作品を出展していた模様。そのはっきりとした実線のデザインが、ウィーン分離派のポスターデザインにも取り入れられたようだ。

        ジャポニズムに影響されたアール・ヌーヴォーは日本に影響を与える。『みんなのミュシャ』でも展示されていた、雑誌『明星』や『みだれ髪』の表紙など。

        最初期のそのままミュシャのデザインや植物文様を流用した作品が、次第に日本人のグラフィックデザイナーの手によって次第に独自路線を歩んでゆく様がわかる。
        杉浦非水による三越呉服店のポスター《春の新柄陳列会》(※1)は、パッと見てアール・ヌーヴォー風ではないが、着物の柄や背景の文様にそれらを見ることができる。

        他にも影響を受けた日本のグラフィックはアールヌーヴォー様式またはその系譜ともいえる植物文様の装丁が展示されていた。残念だったのは、展示されている点数が多すぎであること。
        ただ陳列されているだけで、どういった本の表紙なのか、なぜアール・ヌーヴォーの様式が採用されたのか、展示物から伺い知ることができなかった。それについて言及したキャプションも無かったし……

        その答えのひとつが、ヨーロッパで一世を風靡したアール・ヌーヴォーが“ジャポニズム”の流れを汲んでいる事で、日本では「海外に通用する日本的なるもの」として利用されたことを指摘している。
        大塚英志氏は日本がアジア圏で初めて先進国として認められる機運をつくった日露戦争の際に、戦争雑誌や戦争絵ハガキという特需の中でアール・ヌーヴォー様式の図案が開花したことを挙げ、その理由を下記のように述べている。

        国威発揚のメディアやツールにその時点で最も西欧式というパブリックイメージであったアール・ヌーヴォーあるいはミュシャ様式が「日本」を表象する図案として選ばれたともいえる。それは西欧に肩を並べた戦争にある意味ふさわしい表象だったからである。
        だとすれば、森鴎外や田山花袋の日露戦争の従軍記がやはりアール・ヌーヴォーで飾られていたことは当然だと言える。それはやはり「近代」日本の表象にふさわしかった。

        大塚英志『ミュシャから少女まんがへ 幻の画家・一条成美と明治のアール・ヌーヴォー』角川新書 2019 p.209

        展覧会の図録でも 日本の作家たちにとって、ジャポニズムからアール・ヌーヴォーにいたる現象を取り入れることは、ヨーロッパという他者の視点を得て、日本における近代の揺籃期を見直し、再構築する動きだったのではないだろうか。(※2) と、アイデンティティの確立に繋がる意匠の象徴であったことを指摘していた。

        展覧会を見終わって、諸々の参考資料に目を通し、この展覧会の意義を思う。
        私の浅学さ故とはいえ、美術館で本物を見ているときにそれを理解できなかったことが残念だった。

        エミール・オルリク『KOKORO(こころ)』(ラフカディオ・ハーン著)1905

        会場の最後の方にオルリクが手掛けたラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の本の装丁があった。
        金と黒で彩られた日本風の植物文様が敷き詰められ、中央を白地と金色の罫線で四角くかこった、中世の装飾写本のようなデザイン。
        ローマ字読みアルファベットで『KWAI D¯AN(怪談)』『KO KO RO(こころ)』と、組文字でまとめられている。(日本人の私は理解できるが、当時のチェコの人々に本のタイトルの意味が理解されたとは考えにくい。)
        今見ても斬新で、エキゾチックなデザインで惹かれてしまった。


        展示されている作品が多かったためか、色々と消化不良気味……
        欲を言えば、展示品を絞ったり、もっと解説や展示の見せ方を見やすくしてくれればいいのに……と思っていた。

        相互に影響を与えあったであろうことは想像に難くなかったが、展示品よりもよくまとまった図録によってそのことを実感した。

        パリでのジャポニズムは、新しいもの好き、斬新さを好む異国趣味、一過性の熱狂だったと思う。しかしチェコの人々にはそれよりも長く愛され、1940年代頃まで続いたそうだ。
        当時、パリでの流行は一過性のものに過ぎないことを肌で感じていた日本人もようだが(※3)、なぜチェコではそうならず長く愛してくれたのかは、展覧会ではわからなかった。チェコの当時の情勢が理由にあったとは思うけれども……

        日本ではミュシャの人気は今も高く、『もぐらとじどうしゃ』をはじめとするチェコの絵本もそうだろうし、知る人ぞ知る映画監督シュヴァンクマイエルも愛好家が多いと思う。主旨として親チェコな展覧会ではなかったけど、私の中で親近感が改めて強くなった。

        1. 春の新柄陳列会 | ポスター | コレクション | アドミュージアム東京
          https://www.admt.jp/collection/item/?item_id=60
        2. 井上芳子『ミュシャと日本をめぐる一考察 『明星』周辺のアール・ヌーヴォー需要について』 千葉市美術館ほか編『ミュシャと日本 日本とオルリク』 2019 p.288
        3. 岩村透がかつてのパリを熱狂させたジャポニズムに監視て述べた文章が「芸界囈語」にはある。ジャポニズムに日本人としての自信を深める者が多いなか、岩村はむしろ冷めた目でその流行を眺めている。「西洋人には一体にこういう心持がある、単調という事が大嫌いでなるべく騒動を続けたい。図抜けた、素晴らしい騒ぎを時々やって見たいという心持が常にある」と述べている。岩村には日本にいてジャポニズムの情報を間接的に得るのと異なり、実際にパリでその実態に触れたことで、西洋のモダニズムを冷静に眺める精神があったのだろう。ジャポニズムも数多くの「騒動」、つまり流行のひとつに過ぎないという考え方をしている。

          同上『ミュシャと日本をめぐる一考察 『明星』周辺のアール・ヌーヴォー需要について』 p.287

        参考文献
        ミュシャと日本、日本とオルリク(千葉市美術館)|美術手帖
        https://bijutsutecho.com/exhibitions/4455
        千葉市美術館ほか編『ミュシャと日本、日本とオルリク
        ミュシャと日本、日本とオルリク
        購入はコチラ
        大塚 英志『ミュシャから少女まんがへ 幻の画家・一条成美と明治のアール・ヌーヴォー
        ミュシャから少女まんがへ 幻の画家・一条成美と明治のアール・ヌーヴォー (角川新書)
        購入はコチラ
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        みんなのミュシャ ミュシャからマンガへ――線の魔術

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          JUGEMテーマ:展覧会

          『みんなのミュシャ ミュシャからマンガへ――線の魔術』チラシ

          公式サイト:
          https://www.ntv.co.jp/mucha2019/
          https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/19_mucha/

          Bunkamura・ザ・ミュージアムにて。

          今、がんばって半年前に行った展覧会の感想を、現在、絶賛消化中…

          今回のミュシャ展は今までと異なる切り口から考察するものだった。
          ミュシャの画業と、他ジャンルから見出されるその影響を追い、その魅力に迫る。

          西欧(主にフランス。後にアメリカでも活躍しているが)活躍したのがポスター(広告)や書籍のイラストレーションという大衆向けのものだったためか、影響をうけたものもまたサブカルチャーだったためか、後世への影響について言及したものを今まで見たことがなかった。
          だからこそ意義のある展覧会だと思っていたので、楽しみだった。

          漫画の中でミュシャの影響を受けたものは枚挙にいとまがない。私の中では天野喜孝氏とCLAMPだった。
          CLAMPは取り上げられていなかったが、天野氏と、かつて読んだ『日出処の天子』を描いた山崎涼子女史も取り上げられていたので満足。


          ミュシャの偉業

          後世への影響を知る前に、ミュシャの画業――その独自のルーツについて――を振り返る。
          会場入ってすぐに展示されていたのはミュシャが幼少の時に描いた絵、スラヴや東洋の工芸品のコレクション。

          8歳の時にミュシャが描いた《キリスト磔刑図》に見る敬虔なカトリックだった彼のアイデンティティ、東洋の工芸品に日本の浮世絵……ジャポニズムの流行という時代を反映した要素にも敏感に反応し、取り入れていることを伺わせる。

          アルフォンス・ミュシャ《『オー・カルティエ・ラタン』誌・表紙》

          ミュシャは(欧米では)画家というよりイラストレーターとして活躍したイメージが強い。ミュシャ自身、民衆のための芸術でありたいと願い、大衆芸術というべき分野でその力を発揮した。実際、下積み時代の作品として展示されていたものは、本の挿絵(でもドラマティックな絵画調)や表紙だった。《『オー・カルティエ・ランタン』誌・表紙》ここにミュシャ特有の、女性の後ろ周りを円形に取り囲んだ――Q型方式と会場では呼んでいた――が既に現れている。

          『サロメ』の主題好きの私にとっては、ミュシャの《サロメ》は意外過ぎて驚いた……当時流行していた魔性の女、妖艶な踊り子(少女)でもなく、褐色肌の健康的な若い娘だった。ミュシャらしさ、と言えるものは手荷物ハープ(?)や耳飾り、長い後ろ髪に編み込まれた円のモティーフだろうか……

          アルフォンス・ミュシャ《『主の祈り』第7節の見出しページ》

          『主の祈り』(※1)の挿絵の神秘主義的で中世写本のような装飾の美しさは、何度目にしても飽きない。翻訳されて一冊の本として出版してもらえないのだろうか?ミュシャの独自解釈の注釈付きらしい。
          「我らを試みに引き給わざれ 我らを悪より救い給え」の件に相当するページは、意匠化した蛇が円形の罫線を描き、柑橘の枠となって祈りの文言を囲っている。下部の三日月型のエリアには、翼のような燃える炎と悪魔?を背に、凛とした女性(天使だったか?)がこちらを向いている。

          彼を一躍時の人にしたサラ・ベルナールの舞台宣伝ポスター群。何度見ても、他の追随を許さない。
          ロレンザッチオ》《ハムレット》そしてすべての始まりとも言える、《ジスモンダ》を一夜で描き上げ、サラが気に入り専属契約を結んだという逸話と共に。

          民衆の(ための)芸術という考えを持ち、アカデミックな絵柄を閉鎖的な世界ではなく、多くの人の目に触れるポスターや装丁を手掛けた。後任を育てるため自身のテクニックを惜しげもなく披露した『装飾資料集』など。
          この資料集のおかげで、同時代の若手画家・イラストレーターに留まらず、後世の私たちもミュシャ風の作品を描き上げることができる…と言って過言ではないだろう。

          外形は言語である[…]構図は画家がその強い思いをつたえるためのスピーチである

          アルフォンス・マリア・ミュシャ

          いつの間にかミュシャのその独特の形式には“Q型方式”という名称が付いていた。……初めて聞いた。この展覧会初の言葉ではないか?私は額縁効果の一環だと思っていたのだが。確かにその独自性は他にない表現だから、当然なのかもしれない。

          Q型方式のルーツについて、私の中では未だ判然としないのだが……仏教美術やキリスト教美術に見られる後輪然り、ゴシック様式のステンドグラスのイメージもあると思うだが。

          カウンター・カルチャー

          一世を風靡したアール・ヌーヴォー(新しい芸術)も、時代遅れになってしまう……
          写真の出現により絵画による写実性は独自性ではなくなり、新しい“表現”――あえて筆跡を残した印象派、ものの“捉え方”を解体し再構築したダダイズム、偶然性や人間の内面に目を向けたシュルレアリスムなど――に価値を置き、求められるようになると、ミュシャは忘れ去られてしまう。
          大戦を経ての新しい時代にそぐわなかったのもあると思うが。

          それが再び息を吹き返すのは、1960年代のカウンター・カルチャーだった。そこでミュシャの様式は幻想音楽――サイケデリック・ミュージック――のジャケットを飾る。優美な雰囲気とはかけ離れた、極彩色……サイケデリックな色彩となっていた。

          インターネットも無い時代、模写をするだけでも結構な労力が必要とされた時代故か。トレス状態でも許されていたのだろうか……もちろん、リスペクトしたものも多数ある。

          当時のロックのアルバム・ジャケットやポスターには、ミュシャ様式を真似たものが多く、なかにはまんま「引用」しているものも。直接のきっかけは、1963年にロンドンのヴィクトリア・アルバート博物館でミュシャの大回顧展が開かれたことだと言われていますが、それだけではないような気もします。
          ミュシャをはじめとするアール・ヌーヴォーの有機的な曲線や動植物模様は産業革命後に急激に進んだ機械化や都市化への反動ととらえることもできるでしょう。

          BS日本『ぶらぶら美術・博物館 プレミアムアートブック/特別編集 みんなのミュシャ Special』2019 p.47

          山田 1960〜70年代のヒッピー文化やサイケデリック・アートも、高度成長期の機械文明への反発でしたよね。そこがアールヌーヴォーと通じている。ミュシャを原色や蛍光色で描いたら、それだけでまんまサイケになりますからね。

          BS日本『ぶらぶら美術・博物館 プレミアムアートブック/特別編集 みんなのミュシャ Special』2019 p.66

          上記、書籍や番組『ぶらぶら美術・博物館』で山田五郎氏は解説されていたが、それだけではない気がする。
          時代の空気に合わせて、自然への渇望を植物文様にしてミュシャは描いていたが、ミュシャは自然への情景だけを持っていた訳では無い。
          ‘アールヌーヴォーの芸術家としての手腕を発揮する一方で、性質の全く異なる種類の仕事もおこなっている。それは、平和への熱望や理想主義を掲げ、芸術家としての使命に燃える熱い一面を窺わせ(※2)’ていた。虐げられる立場から己(の民族の誇り)を肯定する……その集大成が2017年のミュシャ展で来日した《スラヴ叙事詩》だった。
          ‘「芸術は広く社会に奉仕すべきであり、それによって平和の実現へ向かう崇高な道を人々に示したい」というミュシャの理想主義的信念と野心とが表れている。(※3)’

          カウンター・カルチャーは環境問題のみならず、あまたの社会問題に対する、改善、打開、さらに包括的な寛容さ――理想の世界――を求める運動、ライフスタイルの模索でもあった。

          ミュシャの理想主義と、カウンターカルチャーの理念が、図像を介して無意識的に共有されたのではないだろうか?

          日本のサブカルチャー

          日本にアール・ヌーヴォーを広めた『明星』など、当時の文芸雑誌。そして現代のサブカルチャーへ。取り上げられていたのは主に少女漫画だったが、その分野以外にも影響をうけた絵師、漫画家が取り上げられていた。

          中には「これはミュシャの影響を受けているのだろうか?」と疑問に思ったものにある。ビアズリーの印象が強いもの、女性の周りを花が囲み、ソバージュの髪がゆたう……
          漫画はモノトーンが主体になるので、ビアズリーの方が親和性が高かったためだと思う。そしてビアズリー自身もアール・ヌーヴォーの系譜だし……ビアズリーはミュシャを意識もしていたと想像する。
          それ以外、直接の影響ではないにしても、「文様のような髪」や「顔の傍を花々(や文様が)が囲む」という点がミュシャの系譜と見ていた。

          山崎涼子《迦陵頻伽「日出処の天子」》

          山岸涼子《アラベスク》は様式がそのままミュシャ様式で、縦長の画面に装飾罫線と花、Q型方式に囲まれたバレエダンサーの姿。《迦陵頻伽》は、どちらかというと屏風絵のような風体だった。弧を描くように広がる羽衣がミュシャ風と見なされたのか……それはむしろ仏教美術から直接影響されているのではないだろうか?

          天野喜孝《ファイナルファンタジー将 嵐神と冒険者》

          天野喜孝《ファイナルファンタジー将 嵐神と冒険者》はゲーム中の嵐神・ガルーダが、冒険者の頭上から顔を覗き込んでいる。
          ガルーダの白い翼が、画面における背面で円を描き、黒い甲冑を纏った冒険者にQ方形式をつくっている。金の背景に白い翼、そして黒い甲冑による、高級感のある色彩と神秘的な構図が幻想的な世界を醸していた。

          「花の24年組(※4)」と呼ばれる、それまでの少女マンガの既成概念を覆した世代が、上記カウンター・カルチャーの影響を受けた世代について言及される。CLAMPが取り上げられていなかったのはその世代ではなかったからか……(そしてCLAMPは「花の24年組」から影響を受けているのだろう)

          では何故、少女マンガとミュシャが結びついたのか……
          上記のようなカウンター・カルチャーの影響なら、少年マンガに浸透しなかった理由があるのだろうか?

          山田五郎氏は‘1970年代の日本における少女マンガの台頭もまた、男性原理が支配した高度成長への反動(※5)’だったことを挙げている。ミュシャは確かに女性を中央に据えている作品が多いが、それ故に女性性が強く、少女マンガと親和性があったと短絡的に見て良いのだろうか?

          大塚英志『ミュシャから少女まんがへ』では、「花の24年組」の一人、水野英子女史が60年代後半の北米やヨーロッパの音楽シーンの“うねり”、そのジャケットを飾っていたミュシャの影響を受けたサイケデリック・アートに感化を受けたことを取り上げている。(※6)
          だが、それよりもアール・ヌーヴォーが日本に輸入された時、文芸雑誌『明星』が取り上げたこと、そして『明星』が少女の内面を写す抒情的な表現を追求したことで、アール・ヌーヴォーの図像と少女の内面を描く抒情的世界観のイメージが、日本で親和性を深めたことを指摘していた。

          一見、ミュシャとアメリカの60年代カウンター・カルチャー、日本の少女マンガは水野英子氏くらいしか接点が無いかと思ったが、そのつながりではなく、『明星』が日本にもたらしたアール・ヌーヴォーと抒情的世界観の結びつきが、少女の内面を描く「花の24年組」の漫画家らによって復興してゆく。直接的なつながりというよりも、日本国内で無意識で共有されていたイメージだったのかもしれない。

          天野氏の作画との関連は、私にはわからないが、『ロードス島戦記』の挿絵を描いた出渕裕氏への想像は、『指輪物語』の挿絵を描いたアラン・リーの系譜――ラファエル前派とアール・ヌーヴォー――ではないかと想像してしまう。


          ミュシャの後世の特にイラストレーションへの影響を学術的にまとめる試みは、私の知らなかった分野……カウンター・カルチャーへの影響を教えてくれた。
          それはその場の流行り、物珍しさから強引に結びつけられたものでは決して無く、“自然への情景・回帰”や“理想主義”という、今を変えようとする情熱が共通していた。
          また、男性原理の反発もあるだろうが、少女の内面――現実世界には映し出されない精神世界――を描きだす日本の少女マンガとも共鳴していることをまとめる良い機会だった。

          1. ミュシャを楽しむために:主の祈り
            http://www.mucha.jp/lepatertobira.html
          2. 堺アルフォンス・ミュシャ館『ミュシャのすべて』 KADOKAWA 2016 p.79
          3. 同上『ミュシャのすべて』 p.82
          4. 少女マンガの概念を変えた「24年組」をあらためて振り返ってみよう - Middle Edge(ミドルエッジ)
            https://middle-edge.jp/articles/9xE0P
          5. BS日本『ぶらぶら美術・博物館 プレミアムアートブック/特別編集 みんなのミュシャ Special』2019 p.47
          6. 大塚英志『ミュシャから少女まんがへ』2019 p.350
          参考文献
          堺 アルフォンス・ミュシャ館『ミュシャのすべて』 角川新書
          ミュシャのすべて (角川新書)
          購入はコチラ
          BS日本『ぶらぶら美術・博物館 プレミアムアートブック/特別編集 みんなのミュシャ Special
          ぶらぶら美術・博物館 プレミアムアートブック/特別編集 みんなのミュシャ Special (カドカワエンタメムック)
          購入はコチラ
          大塚 英志『ミュシャから少女まんがへ 幻の画家・一条成美と明治のアール・ヌーヴォー
          ミュシャから少女まんがへ 幻の画家・一条成美と明治のアール・ヌーヴォー (角川新書)
          購入はコチラ
          #318 時代を超えて広がる魅力!「みんなのミュシャ」展〜ミュシャ代表作×ロック、文学、マンガ…世界中のミュシャフォロワーと夢コラボ!〜|ぶらぶら美術・博物館|BS日テレ
          https://www.bs4.jp/burabi/articles/g5e6bqmi32i4mhl1.html
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          原三渓の美術 伝説の大コレクション

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            JUGEMテーマ:展覧会

            『原三渓の美術』チラシ

            公式サイト:
            https://harasankei2019.exhn.jp/(2020/2/11、アクセスできなくなっていた)

            横浜美術館にて。

            ……半年前に行った展覧会の感想を、今、書いている。orz

            日本美術に疎い私でもわかる、質の高いコレクションだった。

            原三溪の業績を四つの側面――「コレクター」「茶人」「アーティスト」「パトロン」――から、彼のコレクションの相互関連を時代背景も視野に入れて探りながら、今日、国宝や重要文化財に指定される名品30件以上を含む三溪旧蔵の美術品や茶道具約150件と、関連資料を展観することによって、原三溪の文化人としての全体像を描きだす展覧会。

            同時に、彼が実現できなかった“幻の美術館”――その姿がこの一時、形になっていた。

            原三渓のコレクション

            三渓が購入した後に国宝に指定されたものもあるだけに、保存状態が良かったり、(伝のものも含めて)知名度の高い絵師や書人の作品が一堂に会する。どれもクオリティの高いものだった。また、煎茶、抹茶道に精通していたので、仙冦藥で見た素朴な茶道具とは違う、美しい茶道具のコレクションが目を惹く。

            以下、気に入った作品についての感想。

            伝狩野元信《奔湍図

            伝狩野元信《奔湍図》

            水の流れが線の太さ、強弱で表現されている。線を目で追っていると、水音が聞こえてくるようだった。
            画面左から来た流れは滝に至り、勢いよく下に落ちている。落差は大きくない滝だが、下の水しぶきや上の流れとは異なり波打っている下の水の流れの表現など、ひとつの画面の中に多様な水の流れが表現されているのが印象的な一枚だった。

            国宝《孔雀明王像

            国宝《孔雀明王像》

            平安時代に描かれた、宣伝広告にも使われている仏画。
            時を経て黒ずんだ画面に浮かび上がる明王像の白い肌や絢爛な装飾。極彩色な後輪の延長のように広がる孔雀の尾羽。シンメトリックな構造に安定感がある。

            …実物を拝見した時、広告のような繊細さを肉眼で見ることができなかった。時間を経ての変色で、初見ではぼんやりと浮かび上がる白い肌、蓮の薄紅だけを認識する。よく見ると、金糸が鈍く輝いており、おそらく描かれた当初は翡翠色に輝いていたであろう緑、朱色があるのだろう……と遅れて理解した。

            仏画の最高峰として、現在、国宝に位置付けられている。三渓はこれを当時破格の一万円(当時の総理大臣の年収にも匹敵するらしい)で購入した。

            当時、廃仏毀釈を契機に寺院や僧侶によって仏教遺物が寺から持ち出され売却された。それらを国内外の蒐集家や、博物館が公的機関として精力的に収集活動を行ったため、信仰の対象である仏画が“古美術”と認識されるようになった。そのため、三渓も蒐集することができたという。

            秘仏を美術品として調査・研究した岡倉天心の存在も思い出す。実際、三渓との交流もあったことを知る。

            源実朝《日課観音

            源実朝《日課観音》

            とても静謐な作品だと思った。

            白い紙面に筆で描かれた、微笑をたたえる観音像。女性的な……まるで聖母のような表情で、慈愛をもって受け入れてくれるような、包容力を感じる。

            哲学者・谷川徹三が『茶の美学』の中で三渓の茶会を取り上げている。別の文献でその内容を紹介していた。

            席を変え、銘「 君不知 ( きみしらず ) 」の小井戸茶碗で薄茶が出されます。茶室の床には 源実朝 ( みなもとのさねとも ) が描いたとされる「 白衣 ( びゃくえ ) 観音」。再び広間に席を移して歓談、アイスクリームが供されました。部屋には銘「 面影 ( おもかげ ) 」の飾り琵琶。三渓は長男の事には触れず、平静に茶事を進めたそうです。谷川徹三は道具組から「その心中を無言のうちに語られた」と記しています。

            虎屋文庫編著『和菓子を愛した人たち』2017年 「 原三渓 ( はらさんけい ) と茶会の菓子――心中を無言のうちに語る」p.229

            上記、 白衣観音 とあるものが、《日課観音》であろう。展示スペースはその様子を再現するかのように、その前には《君不知》が展示されていた(※1)。上記エピソードと共に、その茶会について、また若くして死した実朝についても思いを馳せてしまう。

            浄土飯とは、飯櫃の中に緑の蓮の葉を敷き、その上に白飯を盛り、その白飯を紅色の蓮の花弁で覆い、大輪の蓮の花を思わせるような装いにしたもの。各人、花弁を取りのけ、椀に白飯を盛り、若い蓮の実を煮たものをチラシ、だし汁をかけて食します。(※2)

            この浄土飯を三渓園の隣花苑で頂ける。秋限定らしい(※3)。私が行ったのは夏の盛りだったので、頂けなかった……

            ここから後半には茶人としての三渓のコレクション――茶道具など――を中心に展示されていた。《志野茶碗 銘 梅が香》など、

            文人趣味の世界

            「アーティスト」としての三渓には、蓮をモティーフにした作品が印象に残った。
            実線で区切られていない大きな蓮の葉の間に可憐に咲く蓮の花。可憐さと力強さ。浄土の花として意識して描いているのではなかろうか……

            当時の流行として文人趣味があり、三渓も愛好していたという。茶会もその一環だった。南画家であった叔父から画の手ほどきもうけていたそうで、文人画家として、自身も描いていた模様。

            最後に、「パトロン」として三渓が支援していた画家たちの作品が展示されていた。
            それらは日本の“(当時の)今”を写すものというよりも、日本の伝統的な文化を意識させる作品だったように思う。

            汽車が走ったり、洋風の建物が立ち始める都会の喧騒を離れたような……どれも落ち着きがあり、思索にふけることを促すような……ここにも文人趣味が反映されているのかも知れない。

            それとも、西洋化という急激な価値観の変化……特にそれまでの価値観を全て否定するような空気がある中で、“日本的なるもの”をすくっていたのだろうか?
            「パトロン」としての三渓に、そんな姿を想像する。
            岡倉天心との交流、文人趣味の影響か、洋画(油彩画)はなく、一貫した日本美術のコレクションだった。

            原三渓の偉業

            古美術を蒐集し、古い建築物を移築し彼の美の理想郷である三渓園を造園し、それを無償公開した……

            美術に造詣が深い実業家……そのイメージに私は「もしかしたら原三渓は、現在求められている『デザイン思考』を事業にも取り入れた、日本で先駆的な人物ではなかろうか?」と想像した。

            デザイン思考……イノベーションをおこす――問題解決のための発想――創造性に必要な考え方として今日、注目されている。

            それを促すのに、美術鑑賞や教育の有用性が提唱され、日本でもようやく話題になっている。(教育方面で今、活かされているかは…、まだ始まったばかりだと思う)

            富岡製糸場の経営にも携わり、生産性と製品の質の向上にも努めていたようなので(※4)的を得ているのではないだろうか?
            しかし、原三渓の生涯を少し調べてみても、事業においてイノベーションなるものを起こしたようではなかった…orz。は起業家というよりは実業家だった。
            それはイノベーションというものが、偶発的なものという考え方の時代だったからかもしれない。まだ「欧米に追いつけ、追い越せ」の時代で、そんなものは求められていなかったからだろうか……

            何故、原三渓――実は彼に限らず当時の実業家たち――は(古)美術を求めたのか……西洋化の反動として、温故知新に意識を向けたためだろうか?

            それとも、文人として理想郷を描く山水画のように、紙に描くのではなく現実に三渓園をつくり、心を遊ばせ心を落ち着かせていたのだろうか。

            当時の実業家が社交の一環として、美術の蒐集や芸術家のパトロンになることがステータスだったのかもしれない。

            欧米の美術館・博物館など"musium"の概念が、蒐集による力と自国文化の優越性の誇示だったことを鑑みると、その流れを踏まえて、自国のアイデンティティの基盤となってほしいという、原三渓の願いだったのかもしれない。

            20歳代半ばごろの手記に三渓は、「珍しき書画を観或いは平生の好友と互に書画を品し其好尚を語り合うなどの事は余か一生に於ける無上の快楽」と書いています。また、後年の別の手稿に「美術品ハ共有性ノ物ナルヲ以テ決シテ自他ノ別アルヲ許サス」とも書きました。いずれも美術品を独占するのではなく、共有のものとして広くひらき、ともに研究し意見を述べ合う、美術品ンお公共性に関する三渓の哲学が、その生涯にわたって貫かれていたことを物語っています。

            柏木智雄「原三渓の美術」
            『淡交2019年7月号 特集・原三渓、その生涯と茶の湯』淡交社 2019 p.31

            関東大震災や時代の変化による事業の不振も相まって、三渓は古美術の蒐集を止めてしまう。
            戦争などさまざまな要因で、コレクションは散り散りになってしまう……印象派で名高い松方コレクションもしかり……
            それでも原三渓のコレクションが散逸しなかったのは、彼がこまめに記録していた「買入覚」の存在があった。
            購入した作品名、金額などが書かれており、買入覚の発見がその全容を今に伝え、この展覧会へと繋がっている。

            1. 希代の数寄者、原三溪という美の巨人を大解剖!展覧会でこれだけは見るべし! | 和樂web 日本文化の入り口マガジン > 「茶人三溪」パートのオススメはこれ!
              https://intojapanwaraku.com/tea/17903/#toc-4 (2020/2/11確認)
            2. 前述『和菓子を愛した人たち』2017年 「原三渓と茶会の菓子――心中を無言のうちに語る」p.228
            3. 「隣花苑」でいただく、季節の味わい – mirea[ミレア]
              http://mirea-web.jp/topics/12355 (2020/2/11確認)
            4. 原三渓はどんな人?|原三渓市民研究会
              https://harasankei-kenkyukai.com/harasankei/ (2020/2/11確認)

              人間力が息づく | 上武絹の道 > 原善三郎と原富太郎
              https://www.jobu-kinunomichi.jp/special/ningen.html#Area4 (2020/2/11確認)

              [時事][地域] 富岡製糸場(3)−3遂に横浜原三渓の所有に - 旧聞アトランダム
              https://hakyubun.hatenablog.com/entry/20140515/p1 (2020/2/11確認)

            1. 日曜美術館「原三溪 美の理想郷を追い求めた男」
              https://www4.nhk.or.jp/nichibi/x/2019-08-18/31/5093/1902812/ (2020/2/11確認)

              第97回 横浜へ 原三溪の偉業を訪ねる旅 | 旅の紹介 | 出かけよう、日美旅:NHK
              http://www.nhk.or.jp/nichibi-blog/400/405504.html (2020/2/11確認)

            参考文献
            図録『原三溪の美術 伝説の大コレクション
            原三溪の美術 伝説の大コレクション
            購入はコチラ
            虎屋文庫『和菓子を愛した人たち
            和菓子を愛した人たち
            購入はコチラ
            三上 美和『原三溪と日本近代美術
            原三溪と日本近代美術
            購入はコチラ
            淡交2019年7月号
            h淡交2019年7月号
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            クリムト展 ウィーンと日本1900

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              JUGEMテーマ:展覧会

              クリムト展 ウィーンと日本1900

              公式サイト:
              https://klimt2019.jp

              上野・東京都美術館にて。

              この頃、忙しくてブログを書けなかった……ので、これも終わってしまった展覧会。

              クリムト没後100年、日本オーストリア国交樹立150周年を記念したもの。

              日本(ジャポニズム)とクリムトの関係を指摘することは多々ある。よく当時の流行だったこと、それがクリムトなど画家たちにインスピレーションを与えたことは事実だが、日本美術だけに傾倒していた訳では無いと思うのだが……(古代エジプトやオリエンタルな文様も源泉だと思う。)
              クリムトは金細工師の家系なので。もちろん、日本美術の金の使い方にインスピレーションを受けたことは確かだ。
              油彩画にも金をふんだんに使ったこと、初期の文様を取り入れた独自の作風は、他の追随を許さない。

              集客のために日本との関連性を強く打ち出しているだけではないか……そんな穿った見方をしていた。それでも、この展覧会でを通して、クリムトが日本美術の影響を少なからず受けていたことを再認識する。


              この展覧会では、「クリムトとその家族」「修業時代と劇場」「私生活」「ウィーンと日本」「ウィーン分離派」「風景画」「肖像画」「生命の円環」と題した8つのチャプターに分けて会場が構成されていた。

              それに倣って感想を書くには膨大すぎるので、気に入っているクリムト作品を中心に感想を書く。

              ウィーン分離派――黄金時代

              ウィーン分離派での活動で描かれた傑作が並ぶ。
              クリムトの絵画と言えばすぐ思い浮かぶ、金の装飾を使った作品群が主役だった。
              黄金伝説展 古代地中海世界の秘宝でも展示されていた、《第1回 ウィーン分離派展ポスター(検閲後)》も展示。
              テセウスのミノタウロス退治を独自の解釈になぞらえて描いたこのポスターが好き。検閲のため、手前に植物が配することで股間を隠している。浮世絵のような手法で興味深い。

              《ヌーダ・ヴェリタス(裸の真実)》

              グスタフ・クリムト《ヌーダ・ヴェリタス(裸の真実)》

              右手に持つ鏡をこちらに向け、まっすぐ立つヘアヌードの女性像。鑑賞者と正対する形となる。
              当時もまだ「陰毛を描くとアートではない」と糾弾される時代だったと思う……ゴヤ《裸のマハ》がそうであったように……
              ぼんやりとしているが、この絵も例外ではなかったであろう。

              裸の女は手に鏡を持ち、これが真実だ、とつきつけている。上に書かれているのはシラーのことばで、「もしおまえの行動とアートですべての人を喜ばせないのなら、数少ない人を喜ばせよ。多くの人を喜ばせるのは悪いことだ」とある。
              (中略)
              この絵によってクリムトはウィーンの良識ある社会の冒涜者とされるが、古い社会からの自由を求める新興階級、とくに新しい女たちの人気を集めてゆく。

              海野 弘『グスタフ・クリムトの世界』p.40

              一般的な意味での真実というより、新しい“真の”芸術、つまり分離派のシンボルと見ることもでき (※1)る。

              女性の上半身の背景はユーゲントシュティール(オーストリアのアールヌーヴォー)らしい、蕨か薇のような金色の渦巻き文様。しかし、腰辺りから青い清流水のような模様となっている。この作品以前だったか、クリムトが描いた《魚の血(冷血)》や《流れる水》の、文字通り流れを汲んでいるためだろうか……

              ユディト

              グスタフ・クリムト《ユディト 機

              ユディトの雄弁な額縁(※2)に、ラファエル前派の軌跡を見ることも可能だった。
              前述の《ヌーダ・ヴェリタス(裸の真実)》のシラーの言葉も、額縁ではなくカンヴァス上に描かれた言葉だが、金の地に分離され、額縁と同様の効果だろう。
              これらが先日拝見したラファエル前派から継承されたファム・ファタールの系譜であることを、主題や表現方法から見て取れる。

              クリムトは、神話的図像を使いながら、むしろ現代(世紀末)のウィーンのデカダンな社交界の女たちを描いた。男の首は右下にちらりとのぞかせているだけで、むきだしの胸を黄金に包んだ官能的な女性像である。
              まず目立つのが、犬の首輪のような黄金のチョーカーで、デンマークの王女からイギリス皇太子妃(後に王妃)になったアレクサンドラが当時はやらせた最新ファッションであった。アレクサンドラが首の傷を隠すためにつけたものというが、サディステックな魅力を持っている。

              海野 弘『グスタフ・クリムトの世界』p.41

              ネガティブな意味でのしたたかな女でも、ファムファタールでもなく、私はこの絵に自律した“強い女”のイメージも見る。
              後でモデルとなったアレクサンドラのWikipedia(※3)をみて、その壮絶な人生に驚愕した。本当に自律/自立した女性だった……尊敬に値する。

              ベートーヴェン・フリーズ(原寸大複製)》

              ベルヴェデーレ宮オーストリア絵画館( https://www.belvedere.at/en / English )にあるもののファクシミリ版。

              クリムトの芸術テーマが詰め込まれた大作であり、この作品からスピンオフした傑作も多い。
              第一の壁の黄金の騎士から《人生は戦いなり》(※4)が誕生し、第二の壁の中央の三人の女性たちと酷似した構図の《女の三世代》(※5)が、第三の壁の抱き合う男女から《接吻》(※6)が生まれている(※7)。

              展示空間にはベートーヴェン〈交響曲第9番 第4楽章『歓喜の歌』〉のサビ部分が静かに流れていた。

              この《ベートーヴェン・フリーズ》がお披露目された、第14回分離派展の初日には、グスタフ・マーラーが楽団員とともに来てベートーヴェンの交響曲第9番を演奏した(※8)という。

              私はサブカルチャーを通して、この歌が究極の人類讃歌であり、“私(自己)"が“今ここ”に存在することの魂の叫び、他者からもそして自身も他者のそれを祝福する(認める、認められる)歓喜であることを理解した。
              TV版エヴァンゲリオンの『最後のシ者』然り、冲方丁『ばいばい、アース』ののクライマックスでも、そうした意図を汲んで〈歓喜の歌〉は重要な位置を占めていた。

              ベートーヴェン・フレーズ》は、全ての壁面が装飾に描かれているというものではく、白い空白が殆どを占めている。下の壁の白さも相まって、とても静謐な空間のように感じられた。
              まるでダンテ『神曲』の天国篇のように思えてしまう。
              天へと抜けるような、高らかに謳う合唱のイメージとは異なり、静かに瞑想に耽るためのような……
              それは横長の画面のため、そう思ってしまうのかもしれない。《ヴェートーヴェン・フリーズ》で歓喜に相当する第三の壁の、同じ顔の女性たちが並ぶ姿に、声を合わせて歌い上げる合唱のイメージを想起する。
              フィナーレで男女の抱擁が現すものは、それこそ天にも昇る心地だろう。

              眺めていて、クリムトも〈歓喜の歌〉をヴィジュアル化した訳では無く、ヴェートーヴェンを讃えるため、独自解釈をしたという印象があった。(※9)

              100年前に公開されてた時は賛否両論(どうも殆ど不評だったようだが)巻き起こったという表現。 意匠化されたとも言える裸婦、裸体像は、不気味さも見ていると次第に魅力的に映る。
              そのイメージはさらに、現代のアーティストにもインスピレーションを与えている。(※10)

              肖像画、風景画に見る、反映された“時代”――印象派の影響

              展覧会のチャプター構成から外れるが、クリムトが当時の流行を敏感に感じ取り、積極的に取り入れて自分のものとしていると感心してしまうものが多かった。

              避暑地であるアッター湖畔の風景など、フランスの印象派の画家たちが避暑地として、自然風景を求めて、バルビソン村を訪れて描いた事を思い出す。

              ヘレーネ・クリムトの肖像》も筆跡を残す服の描き方が印象派のそれに通じる。顔やボブの髪はとても入念に描き込まれているにも関わらず。

              生命の円環――死と生

              豪華絢爛な金のイメージから一転する。豊かな色彩を用いているが、それを覆う周囲の画面は暗く、描かれる人々の眼は伏せられ、まるで眠りに……もっと深く死に……近づいている。
              それは描かれた時代の空気――第一次世界大戦――の不穏な空気を反映したものか、自身の死期を無意識に感じ取ったためだろうか……

              リア・ムンク

              グスタフ・クリムト《リア・ムンク 機

              彼女はリア(マリア)・ムンク、24歳で、失恋して、拳銃自殺をした。父のアレクサンダー・ムンク、母のアラン科の依頼で、クリムトが描いた。
              (中略)
              死んだリアのまわりに花が散らされている。死の床と書いたが、よく見ると彼女のまわりは水のようだ。この絵を見た時、オフィーリアだ、と思った。クリムトはラファエル前派のミレーの「オフィーリア」を思い浮かべているのだ。

              海野 弘『グスタフ・クリムトの世界』p.170

              色白な顔とその周りを囲む花々の赤が明るく、肖像画などと比べて小さめの作品ながら遠くから見ても惹かれてしまう。不思議な絵だった。
              前述の海野氏の見解は的を得ている。悲劇的でありながら神聖で、誰もその名誉を傷つけてはならないような……そんな気持ちにさせられた。

              印象派の手法を想起させられる、淡い色合いの肖像画とは打って変わった暗い印象。しかし黄金時代の文様のように意匠化された鮮やかなな薔薇の花に囲まれていて、不気味さを感じさせない。

              女の三世代(人生の三時期)

              グスタフ・クリムト 《女の三世代(人生の三時期)》

              この有名な一枚、本物をようやく拝見できた。女性の――人の一生――も、喜怒哀楽全てが一枚に集約されている絵。

              女性のイメージも、はっきりと固定的なイメージから水中の流れてもつれ合う、ここに区別しがたい、人魚の群れのような、あいまいなものとなる。この作品は性的であるが、背景は滝のような流水を感じさせる。

              海野 弘『グスタフ・クリムトの世界』p.42

              この絵の上半分の背景は暗い色で覆われているが、本来は金を使っていたものの、後から黒く塗りつぶした形跡があるという。
              時代の変化を敏感に感じ取り、自身の黄金時代からの脱却、色彩の時代への移行故か……

              家族

              グスタフ・クリムト《家族》

              会場の最後に掛けられた《家族》の、顔だけが白く浮かび上がる姿。
              母子の服は暗く画面に沈んでいる。眠っているというよりは、まるで死んでいるように見えた。

              若い母と2人の子どもの顔がのぞいている。「移民」という題をつけられている。地方のユダヤ人攻撃を逃れてウィーンにやって来た家族だろうか。華やかな世紀末ウィーンの背後に闇がある。エゴン・シーレなど若い世代からの刺激も感じられる。

              海野 弘『グスタフ・クリムトの世界』p.167


              私は会場で、クリムトと日本の関係よりも、クリムトが敏感に当時の時代の空気を取り入れ、ジャポニズムをはじめとするヨーロッパから見て異国――夢の国――からの要素をエッセンスとして落とし込んでいたか、独自性として昇華させていたかを意識して見ていた。

              会場ではあまり、日本とクリムトの関係について強く意識されることが無かったのだが……強いて言えば、ウィーン万博で初めて日本が公式参加したことだろうか。
              関連する書籍――当時、出版された日本美術研究に関するもの――は展示されていたが、展示物とからクリムトが何を学び、どう作品に活かしていたかが直結しなかった。

              後で調べてその繋がりを知る。
              会場で展示されていたオスカー・ミュンスターベルク『日本美術史』(第1巻)は、クリムトの遺産の中にあり、クリムト自身、書物を通して日本美術を研究したと語っていた(※11)とのこと。書物の情報と彼の日本工芸コレクションを通して、日本美術の意匠や平面性を取り入れていたようだった。

              …日本とウィーン、クリムトの繋がりというものは、その位しか理解できなかった。
              むしろクリムトが、新しい芸術表現の模索し、当時の流行にも敏感に反応し、自身の作品に反映していたことが伺えた。
              クリムトの画業、その変容を見れる、多様な絵画を拝見できた、良い展覧会だった。

              1. 千足伸行『もっと知りたいクリムト 生涯と作品』東京美術 2005年 p.28
              2. ‘ラファエル前派の額縁では、シンボリカルな装飾モティーフや文字(タイトルやテクスト)が挿入されることにより、画面に描かれている内容を強調したり、重層的な意味を付加したりしている。’

                荒川裕子『もっと知りたいラファエル前派』東京美術 2019 p.76

              3. アレクサンドラ・オブ・デンマーク (Wikipedia / 日本語)https://ja.wikipedia.org/wiki/アレクサンドラ・オブ・デンマーク (2019/9/23 確認)
              4. [ID:5389] 人生は戦いなり(黄金の騎士) : 作品情報 | コレクション検索 | 愛知県美術館
                https://jmapps.ne.jp/apmoa/det.html?data_id=5389 (2019/9/23 確認)
              1. Der Kuss (Liebespaar)
                https://digital.belvedere.at/objects/6678/der-kuss-liebespaar (2019/9/23 確認)
              2. 一個人 2019年6月号 【特集】世紀末美術入門 19世紀末に華ひらいた退廃とエロスの美』 ベストセラーズ p.23
              3. 日曜美術館「エロスと死の香り〜近代ウィーンの芸術 光と影〜」
                https://www4.nhk.or.jp/nichibi/x/2019-09-15/31/26430/1902803/ (2019/9/23 確認)
              4. なぜ怪物が描かれたのか?——クリムトが描いたベートーヴェンのアヴァンギャルド|音楽っていいなぁ、を毎日に。| Webマガジン「ONTOMO」
                https://ontomo-mag.com/article/column/rakugakist-violinist12-201906/ (2019/9/23 確認)

                【作品解説】グスタフ・クリムト「ベートーヴェン・フリーズ」
                https://www.artpedia.asia/beethovenfries/ (2019/9/23 確認)

              5. Gustav Klimt Paintings Recreated by Photographer Inge Prader (English)
                https://mymodernmet.com/inge-prader-gustav-klimt-paintings/ (2019/9/23 確認)
              6. 「クリムト作品に現れたジャポニズム」新人物往来社 編『クリムトの世界』p.62
              参考文献
              千足伸行『もっと知りたいクリムト 生涯と作品』東京美術 2005年
              もっと知りたいクリムト 生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)
              新人物往来社 編『クリムトの世界』 2011年
              クリムトの世界
              海野 弘『グスタフ・クリムトの世界-女たちの黄金迷宮-』2018年
              グスタフ・クリムトの世界-女たちの黄金迷宮-
              朝日新聞出版 編『クリムトへの招待』2019年
              クリムトへの招待
              一個人 2019年6月号 【特集】世紀末美術入門 19世紀末に華ひらいた退廃とエロスの美』 ベストセラーズ
              一個人(いっこじん) 2019年 06 月号
              芸術新潮 2019年 6月号 ◆特集◆時を超えるクリムト』新潮社
              芸術新潮 2019年 06 月号
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              ラファエル前派の軌跡展

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                JUGEMテーマ:展覧会

                ラファエル前派の軌跡展

                終わってしまった展覧会。

                公式サイト:
                https://mimt.jp/ppr

                丸の内・三菱一号館美術館( https://mimt.jp/ )にて。

                ラファエル前派の展覧会は、私が直近で見たものは2016年の英国の夢 ラファエル前派展( 渋谷・Bunkamuraザ・ミュージアム )以来、3年ぶりになる。

                2014年には六本木・森アーツセンターギャラリーで大規模なラファエル前派展があり、ここ三菱一号館美術館でもザ・ビューティフル 英国の唯美主義1860-1900(以下、『ザ・ビューティフル』)が行われた。その感動を再び味わう。
                その時拝見したフレデリック・レイトン《母と子(さくらんぼ)》やモリス商会のミノタウロスのタイルデザインが再び来日していた。

                今回の『ラファエル前派の軌跡』のキャッチフレーズが「美しい、だけじゃない。」に様々な思いを読み取る。2014年の『ザ・ビューティフル』のキャッチコピーが「唯、美しく。」であったことを考え合わせると。
                『ザ・ビューティフル』の唯美主義の前進に、ラファエル前派の理念があった。その軌跡を補完する展覧会だった。


                今回の展覧会は、ラファエル前派を評価し支援していたジョン・ラスキン生誕100周年に合わせた企画展。

                第一章は、ラファエル前派を擁護したラスキンと、彼が擁護したターナーの作品が展示。
                一見すると、華やかなイメージのあるラファエル前派の作品と、ターナーの絵に関連性を見いだせない……ラスキンの絵にも……
                私は2013年に行われたターナー展を観に行った。そこで拝見したターナーが後の印象派に影響を与えたことは想像に難くない。

                ほぼ同時代ではあるが、一見、表現方法が異なる派閥の絵画。しかしその根底には“自然に忠実”というラスキンの美学を共有していた。
                だだ「ラファエロ(ラファエル)を規範として形骸化していた当時のアカデミズムに反発する」という点で、ラスキンとラファエル前派(兄弟団)は意見が一致していただけのようなので、“自然に忠実”であることについて一つの表現方法に縛られず、各々多様な解釈、表現を用いたようだった。

                第二章からラファエル前派の画家たち、後半はラファエル前派周縁の画家たちに、影響を与えたアーツ・アンド・クラフツ運動のウィリアム・モリス(モリス商会)の仕事を紹介。


                ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ《ウェヌス・ウエルティコルディア(魔性のヴィーナス)

                ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ《ウェヌス・ウエルティコルディア(魔性のヴィーナス)》

                波打つ豊かな赤い髪。それに呼応するような厚みのある赤い唇。
                さらにそれが拡張されるように、背景の薔薇(性愛の象徴であり、ヴィーナスのアトリビュート)や手のリンゴ、手前のスイカズラ(詩などで男女の愛を表す)が取り囲む。それらの赤い色の多様さも興味深い。
                愛神エロス(クピド)の黄金の矢(男を心変わりさせる)を手にし、魂の象徴である蝶(プシュケー、ここではヴィーナスの虜になった男たちの魂)が舞っている。
                それら黄金と黄色の色味が輝くような鮮やかさで、絵画を鑑賞する人を誘う。
                エロティックな片方の乳房も目を惹く。

                ヴィーナスに扮したジェイン・モリス(バーデン)。
                アーツ・アンド・クラフツ運動を掲げたモリスの妻だが、ロセッティのミューズであった女性。
                “魔性”と枕詞がついているこの絵に、エロスとプシュケーの物語でプシュケーにつらく当たるヴィーナスや、トロイア戦争の引き金となるパリスの審判のイメージもさることながら、不倫のイメージを想起されてしまう。
                その蠱惑的な姿に鑑賞者もその魔性に魅せられてしまう……

                ロセッティは‘色彩豊かなヴェネツィア派の影響を受けた女性の半身像を描くようになり、それを批判したラスキンと不仲になった(※1)’らしい。過剰に散りばめられた意匠による官能表現に対し、「花が下品だ」と酷評されて……

                ウィリアム・ヘンリー・ハント《ヨーロッパカヤクグリ(イワヒバリ属)の巣

                ウィリアム・ヘンリー・ハント《ヨーロッパカヤクグリ(イワヒバリ属)の巣》

                “自然に忠実”を体現した作品として出展されていた。
                小さな作品だが目を惹く作品だった。
                土の色と青い卵の美しさにも惹かれるが、その細密描写に息をのむ……写真かと見紛うてしまいそうだった。

                19世紀の写真はモノトーンだし画素数も荒いので、当時の写真では表現しえないリアリティだろうから、写真と比較するのはおこがましいかも知れない。

                家に帰って調べていたら、英国の夢 ラファエル前派展でもこの作品は出展されていた……意外と忘れている自分にがっかりorz。それともあの頃より少しは審美眼が養われたためだろうか……

                エドワード・バーン=ジョーンズ《赦しの樹

                エドワード・バーン=ジョーンズ《赦しの樹》

                ミケランジェロを彷彿させる男性像(※2)の逞しさと、彼を捉えるようにその身体に腕をまわし抱き着く女性像が艶っぽい。

                同じ構図、背景違いの作品《ピュリスとデーモポーン》が存在する。男性の股間が露わのままである描写が当時、物議を醸したため新たに描き直した。
                2003年のヴィクトリアン・ヌード展で、イギリスのヴィクトリア朝で当時の道徳規範とヌード表現に対する葛藤、論争が起こっていた(※3)こと知るが、この絵も例外ではなかったのだろう。

                この絵の女性の顔は、自分との不倫関係から自殺未遂事件を起こした、マリア・サンバコをモデルにしている。自身の恋愛体験を描いたことも賛否を巻き起こした。(※4)

                エドワード・バーン=ジョーンズ《 ピュラモスとティスベー

                エドワード・バーン=ジョーンズ《 ピュラモスとティスベー 》

                壁を挟んでシンメトリックな構造で描かれた男女。
                壁のわずかな隙間から文を交わしているようであったり、相手の姿を見ようとしている。
                中央には弓を携えた青年男子の姿。おそらくクピド(アモル)であろう事から、恋人たちであると想像がつく。

                その構図から、シェイクスピア『ロミオとジュリエット』のモデルになった話であろうことは想像に難くない。(※5)

                中世写本の挿絵のようにも見える構図が、より物語性を強調する。


                ラファエル前派は斜陽と向かう。
                作風、考え方の不一致だけではない。その原因と言われているのが、人間関係のもつれ……‘皮肉なことに、ラスキンの助け舟に始まる人間関係と高まるミレイへの評価だった’(※6)という。ラファエル前派を擁護したラスキンが交流を深め、ラスキン夫婦とミレイは共に旅行をする。そこでラスキンの妻・エフィーとミレイは恋に落ちてしまう……

                会場にはその旅行でミレイが鉛筆と水彩で描いたラスキンの肖像が展示されていた。

                元々、反アカデミズムで集った人々は必ずしも一枚岩ではなかった。ラスキンは「自然に忠実に」――現実主義(リアリズム)――あることを良しとしていたが、ラファエル以前の芸術への愛好、中世趣味というわけではなさそうだし…集った画家たちも、時代の空気や様々な影響を受けて己の表現を模索しているうちに、独自の路線を見出していった。
                何より男性たちの女性問題による感情のもつれ(男性の所有欲と芸術における自己顕示欲でもあっただろうか?)は、ラファエル前派の終焉を早めた。

                ラファエル前派の人間関係は複雑だ(※7)。モデルの女性たちは描かれた主題と同様に……むしろ何故か彼女たち自身をも破滅に導く、 宿命の女 ファム・ファタール になっている。

                最近ではそれを基にしたTVドラマもあったし……(※8)

                よく考えるとスキャンダルが起こること自体、不思議ではないだろうか。そもそも、ラファエル前派の理念の中には、中世キリスト教を理想とする宗教性があったはずである。
                 その彼らが、略奪婚(ミレイ)を行い、不倫(ロセッティ、バーン=ジョーンズ)に走り、近親婚(ハント)の罪まで犯したのだ。
                あまりに人間的と言えば人間的だが、なぜ彼らは自らの堕落を招く危険極まりない「絶世の美女」を探し求め傍らに置いたのだろう。
                 古来より物語画に描かれてきた美女は、理想型であり、架空の存在である。この架空の存在を描くために、古代ギリシャのゼウクシスは、5人の美女の美しい部分を集めて描いたという。初期ルネサンスの万能人アルベルティもその著書『絵画論』で紹介したこの方法を、ラファエル前派は採用することができなかったのだ。何も拒まず、何も選ばず、何も軽んぜず「自然に忠実に」神の御業を描こうとした彼らは、その美女たちが、危険な「 宿命の女 ファム・ファタール 」だとしても、完全体としての「スタナーズ(Stunners:絶世の美女たち)」を求めたのである。

                ラファエル前派の危険なミューズたち
                平松洋『ラファエル前派の世界』 2013 p.137

                ラファエル前派は解散する。しかしその理念は多様な分野、芸術様式に受け継がれてゆく。

                後の唯美主義だけでなく、国を超えて、モローやクリムトなど象徴主義、アーツ・アンド・クラフツ運動はミュシャに代表されるアール・ヌーヴォーに影響を与えた。

                思えば、先日のギュスターヴ・モロー展にあった《出現》に代表されるサロメや他の 宿命の女 ファム・ファタール たちは、決してモローの身近な女性たち――母親やアレクサンドリーヌ・デュルー――をそのまま写したものではなかった。
                モローは現実ではプラトニックな愛を貫いていたし……ラファエル前派の影響を受けた彼がその同じ道を辿らなかったのは、当時の独身主義があったのかも知れないが……今の私はわからない。


                結局、ラファエル前派とは何だったのか?
                確かに「美しい、だけじゃない。」
                反アカデミズムからの中世趣味。中世の素朴な描き方そのままではなく「自然に忠実に」 現実的 リアリティー ある描写を追求する。しかし主題は古典絵画の主題―― 聖書や神話伝説 ファンタジー ――である。 さらに美術史を紐解けば女性問題が付随してきて……それはあまりにゴシップでドロドロしている……
                多様過ぎて、一言では語れないものだった。
                それ故に多様な感動があり、発見があり、見る人を惹きつける。

                1. 19世紀ビクトリア朝英国で花開いた世紀末美術の先駆け ラファエル前派」『一個人2019年6月号 【特集】世紀末美術入門 19世紀末に華ひらいた退廃とエロスの美』 ベストセラーズ p.33
                2. バーン=ジョーンズの方は、71年のイタリア旅行でミケランジェロに心酔するが、これにはラスキンと意見が合わなかったようだ。こうして彼は、初期の暗い中世趣味から、ボッティチェリの優美と、肉体派のミケランジェロに影響を受けた作品を展開してゆく。

                  後期ラファエル前派の特徴、あるいは、偏愛」平松洋『ラファエル前派の世界』 2013 p.132

                3. 展覧会ニュース 2003.2.15 ヴィクトリアン・ヌード
                  http://www.dnp.co.jp/artscape/news/0302/mainichi030215.html (2019/9/8 確認)
                4. 同上「19世紀ビクトリア朝英国で花開いた世紀末美術の先駆け ラファエル前派」『一個人2019年6月号 【特集】世紀末美術入門 19世紀末に華ひらいた退廃とエロスの美』 ベストセラーズ p.33
                5. 「ピュラモスとティスベ」:オウィディウス
                  https://www.kitashirakawa.jp/taro/?p=5936 (2019/9/8 確認)
                6. ラファエル前派兄妹団の早すぎた終焉」平松洋『ラファエル前派の世界』 2013 p.63
                7. 同上「ラファエル前派恋愛相関図」『ラファエル前派の世界』 2013 p.138〜p.139
                8. ラファエル前派のドラマ「SEXとアートと美しき男たち」 | 青い日記帳
                  http://bluediary2.jugem.jp/?eid=2568 (2019/9/8 確認)
                参考文献
                3分でわかるラファエル前派(1) 近代芸術に大きな影響を与えた19世紀イギリスの反アカデミズム集団「ラファエル前派」とは
                http://blog.livedoor.jp/kokinora/archives/1036597243.html (2019/9/8 確認)
                長井和博 「特集 ヴィクトリア朝の闘うヌード」『芸術新潮』 2003年6月号
                芸術新潮 2003年6月号
                平松洋『ラファエル前派の世界』 KADOKAWA 2013
                ラファエル前派の世界
                荒川裕子『もっと知りたいラファエル前派』東京美術 2019
                もっと知りたいラファエル前派 (アート・ビギナーズ・コレクション)
                一個人 2019年6月号 【特集】世紀末美術入門 19世紀末に華ひらいた退廃とエロスの美』 ベストセラーズ
                一個人(いっこじん) 2019年 06 月号
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                ギュスターヴ・モロー展 ― サロメと宿命の女たち ―

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                  JUGEMテーマ:展覧会

                  ギュスターヴ・モロー展 ― サロメと宿命の女たち ―

                  公式サイト:
                  https://panasonic.co.jp/ls/museum/exhibition/19/190406/

                  これも終わってしまった展覧会だけど……
                  パナソニック汐留美術館(旧・パナソニック 汐留ミュージアム)( https://panasonic.co.jp/ls/museum/ )にて。

                  パリの真ん中に閉じこもった神秘主義者

                  ――ジョリス・カルル・ユイマンス

                  会場入って直ぐに紹介されていた、同時代のデカダン派作家によるモローを指す言葉が、全てを物語っている。

                  モローは自身を「夢を集める職人」と言っていたらしい。
                  インド、中国、日本といったアジア――西洋から見た“異界”、夢の国――の意匠を寄せ集めたエキゾチックな世界だ。
                  当時、流行していたオリエンタリズム――シノワズリからジャポニズムまで――の工芸作品、図像などからインスピレーションを得て描かれた、聖書や神話世界は独自の様相を呈している。
                  モローは自身を歴史画家と認識していたようだが(※1)、その夢を集めた作風ゆえに、現在では象徴主義、幻想美術の画家として認識されている(※2)。

                  この展覧会はギュスターヴ・モロー美術館から、選りすぐりの作品が来日していた。その麗しき女性たち―― 宿命の女 ファム・ファタール ――の蠱惑的世界だった。


                  どの作品にも思い入れがあるため感想など書ききれないと思い……
                  各章の感想と、その中で気になった作品などについて。

                  第1章 モローが愛した女性たち

                  彼の私生活の片鱗と、モローの作品の直接のモデルではないにせよ、 宿命の女 ファム・ファタール であった2人の女性――母親ポーリーヌ・モローと“魂の伴侶”ともいうべき女友達アレクサンドリーヌ・デュルー――の肖像などが展示。

                  ギュスターヴ・モロー《雲の上を歩く翼あるアレクサンドリーヌ・デュルーとギュスターヴ・モロー》

                  雲の上を歩く翼あるアレクサンドリーヌ・デュルーとギュスターヴ・モロー》は、微笑ましい落書き。
                  クピドのようなその姿から愛に満ち溢れていることが伺える。
                  今回展示されてはいなかいが、同じようなシチュエーションで、モローがデュルーをひょいと抱き上げて歩いている構図のものもある(※3)し、その愛らしい姿からも親密さが伝わってくる。

                  モローは「作品」のみの評価を求めて、自身について多くを語らなかったのだが、それ故に、その「作品」の 宿命の女 ファム・ファタール ――男を破滅させる魔性の女たち――のイメージと、モローが独身で生涯を閉じたため、「女嫌い」であるとか「同性愛者」だと長らく分析されていた。
                  彼を応援し、献身的に身の回りの世話を担っていた母親がいたことからも、「母親コンプレックス」から抜け出せない人物というイメージを持たれていた。
                  だが、研究が進みデュルーの存在が明らかになると、そのイメージは覆される(※4)。
                  そういう点でも重要な女性だった。

                  第2章 《出現》とサロメ

                  ギュスターヴ・モロー《出現》

                  《出現》に限らず、モローのサロメのイメージは複数あった。
                  《出現》と同じ構図で、目を見開くサロメと目を瞑っているサロメ。思春期の裸の少女の姿であったり、ヘロデ王の前で舞う踊り子、目を伏せた姿はまるで、瞑想する乙女の面影を持っていたり……
                  サロンに展示された完成作品だけでなく、水彩の下絵やバリエーションから、《出現》に至るモローの試行錯誤の中に、サロメの変化――まるで少女の成長――を垣間見た。

                  ギュスターヴ・モロー《サロメ》

                  横顔の《サロメ》は、今のイメージとは全く違う、妖艶な女性像だった。
                  40cm各の作品だが、画面いっぱいのサロメの横顔。
                  その背景で洗礼者ヨハネの斬首が行われている。
                  サロメの視線はこちらを見ているように描かれ、まるで誘うようにも、背景の惨事から目を背けているようにも見えた。

                  第3章 宿命の女たち

                  サロメ以外の女性像が集められている。トロイア滅亡のきっかけとなるヘレネ、スフィンクス……ギリシア神話を題材にしたものが数多かった。

                  女というのは、その本質において、未知と神秘に夢中で、背徳的悪魔的な誘惑の姿をまとってあらわれる悪に心を奪われる無意識的存在なのである。

                  ――ギュスターヴ・モロー

                  上記の言葉は、今回の展覧会には出展されていなかった《キマイラ》(※5)について、画家自身の註だった(※6)。
                  けれどもこれは、他の 宿命の女 ファム・ファタール にも通ずる言葉のようになっている。

                  ギリシア神話からの主題である《メディアとイアソン》は、黄金伝説展 古代地中海世界の秘宝にて、オルセー美術館に所蔵されているものを見たものの習作。
                  完成作品と顔の角度が、メディアの表情が異なる。
                  イアソンに何か囁くような表情をしており、完成作品よりも雄弁に――誘惑だったり、そそのかしているようだったりを――語っているように見えた。

                  ギュスターヴ・モロー《レダ》

                  レダ》は、白鳥の首を抱き寄せ、恍惚として天を仰ぐレダの姿。
                  上半身は薄く影に覆われ、肉感的な胸から下、尻、太股の側面にかけて光が当たっている。とても官能的な姿。見ているこちらがのぞき見してしまったような気分になる。

                  レオナルド×ミケランジェロ展でも展示されていた、《レダと白鳥》を思い出した。ミケランジェロによるオリジナルは焼失してしまったのだが……他の画家の手による模写がのこされている。

                  聖書主題のものもある。
                  エヴァ》は楽園にて、蛇に知恵の樹の実をすすめられているシーン。

                  ギュスターヴ・モロー《エヴァ》

                  モローの女性像は柔らかく線の細いイメージが強かったが、このエヴァは筋肉質で健康的な体つきだった。
                  絵の具を乗せたらまた変わったかも知れない。

                  未完のため線画であるエヴァに、ミケランジェロの影響を強く感じた。
                  特に下半身のしっかりとした足腰、血管が浮き上がる力強い筋肉描写に。

                  《オルフェウス(オルフェウスの首を運ぶトラキアの娘)》の竪琴に乗ったオルフェウスの首がミケランジェロの彫刻《奴隷》を基にしているという(※7)。その事実からも伺わせられる。

                  会場の年表で、モローが15歳の時にイタリアへ旅行しているようだった。その時に衝撃を受けたであろうことは想像に難くない。
                  イタリアに行くと、街中にミケランジェロの作品を見ることができる。他の追随を許さない、その力強い作風に衝撃を受けずにはいられない……

                  第4章 《一角獣》と純潔の乙女

                  最後の章を飾るのは、神話や聖書主題から離れたものたち。
                  ポスターにも使われている、一角獣やグリフォンなどの幻獣や抽象概念を擬人化したもの。
                  より、モローの個人的な考え方が反映された作品と言える。

                  それらは白く色のイメージが多かった。
                  冒頭に展示されていたモローのパレットの白い絵の具は、これに結びつくのだろうか?

                  多くの画家が、晩年になると白く明るい画になるのは何故だろう?
                  シャガールは色彩豊かな作品が多いが、牛や天使の翼など白いマチエールが多くなり、モノトーンの作風を手掛けたルドンも晩年は極彩色になり画面全体が白く明るくなっていく。
                  モローの作品もそんな印象を受けた。(もっとも、この章の作品は制作年が分からないものもあったが)

                  それこそ、白――明るい光――が天国や死後世界のイメージに繋がっているのではないかと思ってしまった。


                  Eテレの番組、日曜美術館「ギュスターヴ・モロー ファム・ファタル(魔性の女)に魅せられて」(2019/9/1 確認)で、スタジオ内で精神科医、作詞家・きたやまおさむ氏、ドイツ文学者・中野京子女史による面白い言及がされていた。

                  その絵画は二次元的(※8)で、コラージュのように切り貼りされた世界観であるとか、横顔という片側しか見れない表現に、女性の二面性を見ることも、モローのエディプス・コンプレックスを見るとも(前述の通り、現在は否定されているけれども)……
                  多様な解釈ができる絵の奥深さがモローの絵画の魅力だった。

                  一番笑ったのは、モローの自宅(現ギュスターヴ・モロー美術館)を「お金持ちのごみ屋敷」を評していたこと。
                  断捨離、ミニマリストが話題である現代に、あの狭い家にぎゅうぎゅうに詰め込まれた幻想美術と調度品、コレクションの数々……ある意味、的を得ている(笑)


                  今回の作品はフランスのギュスターヴ・モロー美術館(2019/9/1 確認)の所蔵品。

                  私もフランスに行ったとき足を運んだあの美術館は、世界で初めての個人美術館でもある。
                  個人邸宅兼アトリエでもあったので、非常に貴重な美術館だ。
                  中に入ればそこは完全にモローの世界。他の何物も入ってこれない。
                  当時使われていた調度品もそのままで、モローが生きた時代の空気を今に伝えている。トイレも上にある貯水槽から下がっている鎖を引っ張って流す水洗式なので、アンティークな雰囲気を堪能できる。

                  1.  

                    ギリシア神話や聖書の物語はフィクションではなく、現実の歴史に地続きのものとみなされていた。

                    歴史画(Wikipedia / 日本語)
                    https://ja.wikipedia.org/wiki/歴史画(2019/9/1 確認)

                  2.  

                    一般に、アカデミー歴史画というのは、人物がまとまっている歴史的・神話的コスチュームにもかかわらず、それは常に「現代風俗の絵画」なのである。
                    つまり、現代の通俗的な風俗を描くのに歴史や神話という意匠を借りているのにすぎないのである。
                    これに対し、モローの絵画は「現代風俗の絵画」ではいささかもない。それはむしろ、モローが時代から汲みとって彼自身の頭の中で純粋培養した「官能」、「正義」、「勇気」などの抽象名詞、つまり「純粋に抽象的な主題」を扱った絵画、いいかえれば、きわめて具体的な細部を持つ「抽象絵画」なのである。
                    そして、その抽象性において、モローの歴史画、神話画は、〈幻想芸術〉に近づくのである。

                    鹿島茂『ギュスターヴ・モロー―絵の具で描かれたデカダン文学』2001年 六耀社 p.36

                  3.  「モローの伴侶、アレクサンドリーヌ・デュル」 隠岐由紀子『ギュスターヴ・モロー 世紀末パリの異郷幻想』 東京美術 p.110
                  4.  「最愛の女性の存在が変えたモローの人物像」 『ギュスターヴ・モローの世界』 p.81〜84
                  5.  キマイラ ギュスターブ・モロー 絵画解説
                    http://www.artmuseum.jpn.org/mu_kimaira.html(2019/9/1 確認)
                  6.  前述『ギュスターヴ・モローの世界』p.82
                  7.  ギュスターヴ・モロー-オルフェウスの首を運ぶトラキアの娘-(画像・壁紙)
                    http://www.salvastyle.com/menu_symbolism/moreau_orphee.html(2019/9/1 確認)
                  8.  

                    油彩絵具の濃淡や色合いでせっかく場面の奥行きが演出されているのに、その上にレースのように施された平面的な線画のせいで情景の三次元性が台無しになっていたりする。

                    隠岐由紀子『ギュスターヴ・モロー 世紀末パリの異郷幻想』東京美術 2019年 p.27

                  参考文献
                  鹿島茂『ギュスターヴ・モロー―絵の具で描かれたデカダン文学』六耀社 2001年
                  ギュスターヴ・モロー―絵の具で描かれたデカダン文学 (六耀社アートビュウシリーズ)
                  新人物往来社 編『ギュスターヴ・モローの世界』 新人物往来社 2012年
                  ギュスターヴ・モローの世界
                  隠岐由紀子『ギュスターヴ・モロー 世紀末パリの異郷幻想』東京美術 2019年
                  ギュスターヴ・モロー 世紀末パリの異郷幻想 (ToBi selection)
                  NHK「世界美術館紀行」取材班 編集『NHK世界美術館紀行〈1〉ロダン美術館、マルモッタン美術館、ギュスターヴ・モロー美術館』 日本放送出版協会 2005年
                  NHK世界美術館紀行〈1〉ロダン美術館、マルモッタン美術館、ギュスターヴ・モロー美術館
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                  岡上淑子 フォトコラージュ 沈黙の奇蹟

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                    JUGEMテーマ:コラージュ

                    岡上淑子 フォトコラージュ 沈黙の奇蹟

                    公式サイト:
                    https://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/190126-0407_okanoue.html

                    目黒・東京都庭園美術館( https://www.teien-art-museum.ne.jp/ )にて。

                    終わってしまった展覧会だけど……コラージュ好きとしては、したためておきたい。

                    コラージュ作家・北川先生に紹介されて知った、岡上淑子女史の展覧会。
                    昨年、作品集『はるかな旅』の出版を記念して、高知県立美術館で展覧会が催されていたが行けずじまいだったので、私にとっては久しぶり。恵比寿・LIBRAIRIE6/シス書店での個展exhibition - 夜間訪問 - 岡上淑子 - Toshiko Okanoue -以来だった。

                    岡上女史のラグジュアリーな雰囲気の作品が、会場の邸によく合う。

                    展示会場は2部構成で、「マチネ」「ソワレ」と題されている。コラージュのモノトーンの色味の対か、女史の活躍の暗示か、なかなか粋なネーミングだと思った。

                    気に入っている作品と、この展覧会を通して知った、岡上女史のコラージュの魅力についての備忘録。


                    第1部 マチネ

                    会場に入ってすぐ、人気の高い作品が並んでいた。

                    画集などで拝見していたそれら作品だが、オリジナルを拝見すると写真などでは感じ得なかったものがあった。
                    切り取られ糊付けされたマチエールたちが、紙の厚さによって立体感をもっている。画集やポストカードでコピーされフラットになったものでは気づけない。
                    均一になって一つの作品となったものよりも、切り貼りされていることが鮮明であることで強調される異物感。

                    幻想

                     岡上淑子《幻想》1953

                    これも展覧会『夜間訪問』で拝見した作品。再び拝見できて感無量。

                    依然見た時と、私の中での印象は変化していなかった。
                    ミヒャエル・エンデ『遺産相続ゲーム』の舞台の屋敷と馬の足音――それは黙示録の四騎士であり、不吉な破滅の予兆――を想起させる。
                    同時に、ヨハン・ハインリヒ・フュースリ《夢魔(ナイトメア)》(※1)の寝室をのぞき込む馬の首をも。

                    沈黙の奇蹟

                    岡上淑子《沈黙の奇蹟》1952

                    木々の間、少し開けた空間。
                    画面向かって左には、ライフル銃を携帯する首の無い人物像が列をなしている。
                    画面中央にはその列から離れ、犬の散歩をしている修道服を着た首の無い女性。
                    その向かって右上には、パラシュートの先に顔が付いている。

                    私はこれまで、中央の修道服の女性の方に注意が向いてしまい、パラシュートの首に気づいていなかった。
                    その顔(首)は修道服の女性のものなのか?
                    パラシュートでどこかへ飛んで行ってしまうのか、それともこれから修道服の首に乗るのか?
                    たくさんの想像を掻き立てられる。

                    沈黙の奇蹟》の傍には、『祈祷室の薔薇』という岡上女史の詩が展示されていた。

                    祈祷室の薔薇

                    深夜 祈祷室の薔薇は目覚める
                    野性のヴェールに
                    巫女たちの愁訴をかき抱き

                    大理石の舗道は
                    客席のない舞台に続く

                    なめらかな足並みは
                    時間の刺青を消してゆく

                    岡上淑子著、神保京子監修『岡上淑子 フォトコラージュ 沈黙の奇蹟』 2019 p.181

                    岡上淑子 フォトコラージュ −沈黙の奇蹟−

                    祈りと舞台への道行の時間の流れのイメージが、コラージュのそぞろ歩く人物のイメージとリンクする。
                    ライフル銃を携行する首の無い一団は、同じく首の無い修道服と同質のものに見えてゆく。修道女≒巫女、といった具合に。
                    そして犬を連れた首の無い修道服の女性はその一団から離れた存在……先行して客席の無い舞台に向かっているのではないかと……
                    それは私の勝手な想像に過ぎないが、不思議と結びついているような気がした。

                    他、最初期の作品である被服学校で授業の一環で制作したコラージュも展示。
                    単色の羅紗紙に3つほどの要素で構成されたそれは、マチエールだけでなく構図も他の作品と違って、ファッショナブルな印象を私は受けた。

                    コラージュ制作から離れた後の、写真作品や植物画も展示されていたが、私には女性の手工芸の域を出ない印象を受けて、物足りなく感じてしまった。……すみません。

                    イメージの源泉を辿る

                    岡上女史は被服学校でアートの授業の一環で切り絵を経験したこと、瀧口修造(※2)との出会いをきっかけに、コラージュへの創作をはじめる。

                    展覧会の構成では、コラージュの源泉となったであろう物も展示されていた。

                    シュルレアリスム運動の中でコラージュの奇想天外な組み合わせのスタイルを確立させた、マックス・エルンスト『百頭女』も展示してあった。

                    百頭女 (河出文庫)

                    岡上女史は瀧口修造からマックス・エルンストとそのコラージュを知り、背景にも写真を使うようになったという。

                    服飾学科での就学の影響も無縁ではないだろう。裁縫の型紙の形成と、それを基に布を切り出し縫い合わせて、服という新しいものを創るという共通した概念に留まらず。
                    そういう環境でないと、ヴォーグ誌など海外の雑誌に触れる機会はそんなに無かっただろうから。

                    展示会の一部区画に、コラージュの元になった雑誌が展示。
                    LIFE誌に掲載されていたクルーザーが海を切る写真。現実的な写真があの《海のレダ》を構成する一部になる。
                    海を切り裂く船はトリミングで無くなり、白波に沿うように白鳥と女性の上半身が添えられている。
                    不思議な感覚だった。

                    岡上淑子《海のレダ》1952

                    「海のレダ」は私の一番好きな作品です。
                    女の人は生まれながらに順応性を与えられているといいますが、それでも何かに変わっていく時にはやはり苦しみます。そういう女の人の苦悩をいいたかったのです。

                    コラージュというキリヌキ
                    流行』7月号 1953

                    私が《海のレダ》に感じた、ギリシア神話の「レダと白鳥」や「エウロペの略奪」のイメージは、女性の普遍的なものだった。
                    まだまだ女性の社会進出がままならず、むしろ黎明期だっただろうか、岡上女史はそうした時代の空気を敏感に感じ取り、この作品に投影したのではないだろうか?
                    現代社会に置き換えれば、女性の社会進出においてまだまだ存在する弊害や、#MeeToo運動だろうか。
                    必ずしも悲観的なものではなく、道を切り開くという事に痛みが伴う……岡上女史の言葉を拝見して、神話的イメージを抜け、私はそんな現実を垣間見ていた。

                    第2部 ソワレ

                    上記までは会場での構成で第1部にあたる。
                    「第2部 ソワレ」になると、メッセージ性の強い作品が多いように思われる。
                    その多くは戦争と死を強く意識させるもの(過去の対戦と当時そして現在まで続く諸戦闘、内戦)、それに反旗を翻すような、女性たちの姿だ。
                    あるいは……戦争を繰り返すばかりの男たち、無機質な男中心の社会に対して、別の道があることを ( いざな ) うように見えた。
                    機械のように無機質な男たちに対し、圧倒的な有機性と自由さがある女性たち……

                    岡上女史の独自性

                    前述のとおり、エルンストを(エルンストの作品に魅了されていた)瀧口修造をとおして知った岡上女史は、期せずしてその追随者となったように思える。
                    一見すると、エルンストの影響をもろに受けているようだが、似て非なるものがある。特にヴィジョンとして現れる“女性像”は、エルンストの作品には殆ど現れず、あったとしても他のシュルレアリスムの画家たちが描き出したよな永遠に手の届かない理想の女、存在しない彼方の女、女神といった、形而上的な存在だ。

                    彼ら(男性のシュルレアリスト)が第一次世界大戦による惨禍を背景に近代の合理主義への批判に傾いていたとすれば、岡上は敗戦後の復興期にあった日本で、アメリカによって再びもたらされた「自由」や「平等」という概念を意識しながら制作していたからだ。岡上は新しい時代への希望を胸に、流行や時勢とともに消費され、忘れ去られていく運命のグラフ雑誌の女性たちを解放し、新たな命を与えていたのである。

                    池上裕子『自由と解放のヴィジョン――岡上淑子のフォトコラージュ』
                    岡上淑子『岡上淑子全作品』2018 p.175

                    岡上淑子全作品

                    コラージュという“奇想天外な組み合わせ”故に、シュルレアリスムの女性像と手法的には被るものの、岡上女史のコラージュの女性像は、男性が理解しえない彼方の ( ひと ) ――女神でもファム・ファタール――ではない。
                    いつか来る、そして本来あるべき「自由な私」であり、自分自身でもある。


                    終戦から10年が経ち、戦後復興から新たな時代への予感がある。その中で模索され始めた、女性たちの“自分とは何か”が示されているが故に、私たちの琴線に触れるのではないだろうか?

                    話が飛躍してしまうが、巷にあふれる自己啓発本には、大きく大別すると男性向けと女性向けがあり、男性向けは「仕事効率・能力アップ」、女性向けは「家事や役割に囚われず、自分らしさを実現すること」になるという。(※3)
                    どんな時代であっても、女性は社会的な地位や情勢に左右せれず“ありのままの私”でありたいと強く願う。
                    岡上女史の作品に、そうしたヴィジョンを鑑賞者は見いだす。それが岡上女史の作品の魅力ではないだろうか。


                    私は今まで、その力強さと独自性を肌で感じながらも、きちんと言語化できていなかった。
                    今回の展覧会などを通して、図録を拝見して、岡上女史の作品が再評価され、その魅力がこうして明文化されていたことは非常に価値があると思う。
                    良い展覧会だった。

                    面白かったのは、岡上女史を取り上げた雑誌類を展示しているコーナーで、『サンケイカメラ』1959年9月号の記事に、フォトコラージュを「マジックフォト」と記していたこと。……魔法なんだ(笑)

                    1.  Johann Heinrich Füssli "The Nightmare" 1790−1791.
                      https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Johann_Heinrich_F%C3%BCssli_053.jpg(2019/8/14 確認)
                    2.  瀧口修造 (Wikipedia / 日本語)
                      https://ja.wikipedia.org/wiki/瀧口修造(2019/8/14 確認)
                    3.  【参考文献】牧野智和『日常に侵入する自己啓発: 生き方・手帳術・片づけ

                      日常に侵入する自己啓発: 生き方・手帳術・片づけ
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                    仙冦藥

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                      JUGEMテーマ:展覧会

                      『仙冦藥勝戰船薀

                      公式Facebook:
                      https://www.facebook.com/sengai2018/

                      またしても、終わってしまった展覧会。
                      最近、会期内にブログを書けないことが残念なのだけど……
                      丸の内・出光美術館( http://idemitsu-museum.or.jp/ )にて。

                      禅画を鑑賞するのは、2013年の白隠展以来だった。
                      禅とはとっつきにくいものではないと、庶民にもわかりやすく伝わるように普及に努めた、仙僂硫莇箸魍栖峺る展覧会。

                      充実したセカンドライフ?

                      展覧会の冒頭から、広告にも使われている《老人六歌仙画賛》など、老いを面白おかしく表現し、ありのままの自分であることを肯定するような印象の作品だった。

                      老いることの恐怖がありながら、それを笑いとするユーモアがあることに驚く。
                      現代人は老いを悲観しているのに、この江戸時代の高僧は歌の中で驕りを戒め、逆説的に肯定していた。

                      こんな発想の源泉はどこにあるのだろうか?

                      仙僂榔5鏝紊暴国を旅していた様子。旅をしながら創作へのインスピレーションをまとめ、それを後に清書している。
                      その備忘録(アイデア帳)と清書した掛け軸などが展示されており、仙僂虜邁莠蟒腓鯀杼する。

                      仙僂虜酩雰欧魎僂道笋蓮△修Δ靴織罅璽皀△慮酸瑤、ご隠居坊主の充実したセカンドライフ故だと思っていた。
                      現役を引退してから諸国行脚して絵を描く……現代を生きる私にも羨ましいレベルの老後だと思っていたが、引退した僧侶の余生を楽しむ趣味としてだけではなく、禅の思想を極めるため、その普及のためのものだった。

                      仙僉坩豈濮蟆荵拭

                      《一円相画賛》の哲学的な真理を極めたような図像は大福に見立てられ、「食ってしまえ」と言ってのけられ、《座禅蛙画賛》は若い坊主に傲りを諌めるため蛙に見立てられていた。
                      禅を志す者には禅の教えを、そうでなければ一時の心の和みを、見るものに与える。


                      私が特に興味を持ったのは、《一円相画賛》や《〇△□》にみられる、美しい正円。
                      美しい正円を一筆書きできる技術と集中力もさることながら、サブカルチャーに現れた元ネタ、そこに込められた意味に思いを巡らせてしまった。

                      映画『メッセージ』(※1)で宇宙船内の知的生命体が使うコミュニケーションツールの筆書きされた円形のような〈文字〉。
                      ホラー漫画家として有名な楳図かずおによるSF作品『私は真悟』で、それまで“四角”だったコンピューターの真悟が通信衛星とアクセスし、“三角”(知識、関係性、自我の獲得)へと進化してついに“マル”(地球そのもの)になった、という件がある。 その元ネタとの遭遇でもあった。

                      わたしは真悟 文庫版 全7巻 完結セット (小学館文庫) [コミックセット]

                      〇△□

                      仙僉圈拶あ◆

                      古くから様々な解釈が試みられてきた。真言と天台と禅、神道、儒教、仏教であるとか、ストゥーパ(卒塔婆)に見る仏教的宇宙観の水と火と土である(※2)とか……

                      衛藤吉則氏が指摘されているように、〇から描いたと見えるが、図形が重なった部分の墨のにじみ方からすると、薄墨の□から描き始めて少し濃い墨で〇を描いたことがわかる。そして最後に、〇と同じ濃さの墨で一番左に空けておいたスペースに落款を入れたのである。衛藤氏は、だから「〇△□」ではなくて「□△〇」であるとされる。ただ、自然な見え方は「〇△□」である。少なくとも仙僂蓮△修Ωえることを想定していた。

                      中山喜一郎「儔荳蚤腓離淵勝,気泙兇泙焚鮗瓩鮴犬澆世杭酩

                      中山喜一郎監修『仙(せんがい):ユーモアあふれる禅のこころ (別冊太陽 日本のこころ)』p.108

                      仙(せんがい):ユーモアあふれる禅のこころ (別冊太陽 日本のこころ)

                      手紙に□から△、〇への到達の道筋が、仙僂砲箸辰討量槁犬世辰拭ならば何故そう描かなかったのか?〇△□は自然の流れで、自分は逆に進むことで真理に至る道であるというような意図ではないかと中山氏は解釈していた。

                      仙僂鮴祥亮匆颪望匆陲靴仁詭畋臉曚蓮屐拶あ◆廚鬟罐縫弌璽垢伐鮗瓩靴討い(※3)

                      狩野派のテイストを再現できるほどの画力がありながら、「それでは禅の本質が伝わらない!」とゆる〜い禅画を描いた仙僉
                      見ている人が絵の内容に関心を持たないことを懸念した考えに、仙僂禅僧であることを強く意識させた。

                      会場片隅のパネルで紹介された、参考資料の想像の豹は迫力がある。
                      それは小さな画像にもかかわらず、細密な描写が見て取れる。
                      なぜ画才に重きを置かなかったのか……
                      欧州の画家たちとは違う発想に、私は驚かされた。

                      ヘタウマ絵

                      仙僂發修鵑文遜な姿勢から禅画を描いていた訳ではなさそうだ。

                      《龍虎画賛》は、龍虎図からイメージされる迫力からは程遠い……その上ご丁寧に、龍図には 是何曰龍 人大笑吾亦大咲(これは何かと問われ龍だと答えたら、大笑いされ自分も一緒に大笑いした) 、虎図には 猫乎虎乎 将和唐内乎 (猫か虎か まさに和唐内(※4)か)という賛まで添えられている。

                      酒の肴?か、商人が幽霊画を床の間にかけて招いた客人を驚かせて楽しんだように、自身の絵を笑いのネタにしていた。

                      収集品

                      神聖ローマ帝国皇帝 ルドルフ2世の驚異の世界展』でのルドルフ2世の蒐集癖に驚かされたが、仙僂發泙燭舛腓辰箸靴進舒Α⊆集癖があった模様。
                      もっとも、ルドルフ2世とは違い、珍しいものは何でも集めるという支配的なものではなく、会場に展示されていたものは、愛着を持った道具といった風だったが。

                      独自の美意識で集めたものは、茶碗や不思議な形をした自然の石をそのまま硯として使ったというものまで。

                      仙僉壘載竸沺

                      「やほよろづ」への愛情は、仙僂さまざまなモノを愛したことにも繋がっているははずである。
                      変わった形の石や貝、あるいは硯(すずり)や落款(らっかん)、矢立(やたて)、茶碗、茶碗箱なども、仙僂歪垢いとおしむように使い、触り、また眺めていたものと思える。「豊侈(ほうし)を尊ばず」と自ら書くように、それらはけっして高価なのではなく、むしろ珍奇なのだ。こうした趣味と、権威を求める傾向は、私の経験ではけっして両立しない。

                      仙僉〔桔,料』p.117

                      仙僉覆擦鵑い) 無法の禅

                      その極みは展覧会会場の最後に掛けられていた。《涅槃図》はその名の通り、仏陀の涅槃図に擬(なぞら)えた自身の今際。
                      身近な人々と大好きな物品に囲まれ、悲しみよりも、ここでもまたユーモアが溢れる。
                      年齢だけでなく、人生そのものが大往生だったんだな……と思うと、微笑ましい。

                      1. 映画『メッセージ』 | オフィシャルサイト | ソニー・ピクチャーズ
                        http://www.message-movie.jp/(2018/12/2確認)
                      2. 仏塔・五重塔・塔婆
                        http://tobifudo.jp/newmon/tatemono/sutupa.html(2018/12/2確認)
                      3.   中山喜一郎監修『仙(せんがい):ユーモアあふれる禅のこころ (別冊太陽 日本のこころ)』p.109
                      4.   近松門左衛門の浄瑠璃「国性爺合戦」の主役・和藤内のこと。
                        和藤内が、日本人でも中国人でもないとうそぶくことになぞらえている。また和唐内が「わからない」とも読めるという洒落も入っている。
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                      そこで彼女は何を得るのか。

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