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大人向けダークファンタジー。
しかし、子供の頃を思い出させるディティール。
現実と幻想、決して交差せずとも互いに影響しあう。
そこで彼女は何を得るのか。
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  徒然記 ――神話と美術が好き。

Verba volant,scripta manent.

BONE THIS WAY BALL -LADY GAGA-
JUGEMテーマ:展覧会
JUGEMテーマ:レディー・ガガ | LADY GAGA

2年ぶりのツアーライブ。
過去日記:『THE MONSTER BALL TOUR -LADY GAGA-

初日に行ってきた。
幸運にも花道の傍で、前回のライブ以上に臨場感があった。

開始すると舞台の幕が下ろされ、3階建てのゴシック建築の城が現れる。荘厳さに圧倒される。
その城がは観音開きに動くという凝った造り。

今回の曲順は下記。
1.Highway Unicorn (Road To Love)
2.Government Hooker
3.Born This Way
4.Bloody Mary
5.Bad Romance
6.Judas
7.Fashion of His Love
8.Just Dance
9.LoveGame
10.Telephone
11.Heavy Metal Lover
12.Bad Kids
13.Hair
14.Yoü and I
15.Electric Chapel
16.Americano
17.Poker Face
18.Alejandro
19.Paparazzi
20.Scheiße
21.Black Jesus + Amen Fashion
---encore---
22. The Edge of Glory
23. Marry the Night

"Highway Unicorn "でユニコーンに跨がったLADY GAGAが入場。ステージ前のスーパーアリーナ席を囲む花道を一周。
会場のテンションが高まる。
観音開きしたステージの中央には巨大な臨月を迎え、こちらに向かって足を広げるLADY GAGA。そのお腹からLADY GAGA誕生という粋な演出と共に"BONE THIS WAY"がかかる。

前半は城のイメージも相俟ってゴシック的な音楽……"Bloody Mary"はUKゴシック的であるし"JUDAS"は言わずもがな。
その世界観に呼応するように天井から降りてくる巨大なLADY GAGAの顔。
ウィル・スミス主演『アイ・ロボット』に出てくるマザー・コンピューターのようで、それこそこのツアーを支配しているものを体現しているようだった。(=LADY GAGA)

最近の曲ばかりでなく、ちょっと前のものも。
「日本にまた電話をかけるわ」と"Telephone"など。
ピアノ演奏の前のMCでは彼女が「日本に来れて良かった。みんな歓迎してくれて。また来れるとは思わなかったから」と涙を浮かべて話す姿に共感。貰い泣きしてしまった。
そんなに日本に思いを寄せてくれてありがとう、LADY GAGA。

毎回衣装が話題になるが、今回も凄い。
ギーガーのエイリアンのような悪魔的なものから素敵なボンテージ、以前話題をさらった“生肉ビキニ”(さすがにレオタードに肉模様がプリントされたもの)まで。
…もしかしたら最近アメリカにて話題になっている「ピンクスライム問題(防腐剤牛肉問題)」への皮肉だろうか。それは考え過ぎだろう。

思えば後半は“アメリカ的”なアイコンが多いような気がした。
"Americano"に代表されるように。
衣装も胸にマシンガンが付いたビキニ姿。美女と機関銃はアメリカ的アイコンだ。マシンガンを抱えた美女に軍服を思わせる男性たち。
胸のマシンガンから火花が噴かなかったのが残念だ。前回やったからだろうか?

ダンサー達も格好良かった。素晴らしきエンターテインメントだった。

LADY GAGAの「自分が自分で在る事」を肯定する歌に、そして世界観に魅かれる。
アンコールに2曲も歌ってくれた。
あっという間の2時間だった。
未だ興奮冷めやらぬ。

*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*

直接、LADY GAGAとは関係がないのだが。
先日オープンした渋谷ヒカリエ 8F ART GALLERYにてLADY GAGAが卒論でテーマにしたというダミアン・ハーストの最新スポット作品の展覧会があった。

8/ART GALLERY / TOMIO KOYAMA GALLERY / ダミアン・ハースト 「New Spot Prints」

ダミアン・ハースト 「New Spot Prints」
http://www.hikarie.jp/event/detail.php/?id=51
〜2012/5/28まで。

ターナー賞を取った牛の母子のホルマリン漬け作品"Mother and Child, Divided"が有名だろう。
私にはこれとLLADY GAGAの生肉ビキニがリンクしてしまうのだが。

ただの色のドット群と思わず、その色が語るものに耳を傾けて欲しい。
出来たばかりのギャラリーの真っ白な壁に掛る色の円は良く映える。
整然と並ぶそれに規則性があるのか無いのかわからない。
しかしそれらが相互に関係しているように思え、それが言語のように思える。

| 舞台 | 16:24 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
映画『タイタンの逆襲』感想
JUGEMテーマ:映画

公式サイト:
http://wwws.warnerbros.co.jp/clashofthetitans2/index.html

前作『タイタンの戦い』の続編という。
過去日記:映画『タイタンの戦い』感想
最早、特撮映画の巨匠・ハリー・ハウゼンのものとは何の関係もない。
前作のリメイクの方がまだ良かったと思う。全然、神話らしくなかった。
神話になぞられた描写はあれど。

アレスの見境の無い憎悪と闘争心、旧作『タイタンの戦い』で機械仕掛けの黄金の梟を作ったヘパイストスや迷宮のミノタウルスなど、細かい設定はしっかりしているにも関わらず…

最も、私には「主題に全力で釣られる」というのが鑑賞の目的だった。
だが『世界侵略:ロサンゼルス決戦』のジョナサン・リーベスマン監督だったので、戦闘描写がリアルであろうと期待していたので、残念だ。
過去日記:映画『世界侵略:ロサンゼルス決戦』感想

映画『タイタンの逆襲』

日本宣伝文句が「この闘い、怒迫力」とあった通り、スケールというかサイズが大きいので、カメラのアングルが遠く、必然的に人間が小さくなってしまう。
そのためアルゴス軍の兵士個々人が戦っている部分が見えにくい。
クリーチャーばかりにカメラがフォーカスされ、吹き飛ばされる人間も殆どCGなので、リアルな俳優が演じている感覚に乏しかった。
現実感が無いのだ。
まるでゲーム『Dante's Inferno』の画面を見ているようだった……

映像は凄い。
特に溶岩の描写が美しく、リアリティがある。
クリーチャーは独自路線で表現されているが、私の好みではなかった。キメラが口からは火炎を吐くものの、定番の獅子、山羊、毒蛇の頭がらしくなかった(面影はある)。
迷宮の場面ではミノタウルスまで現れたが、これも雄牛の頭をしていなかった。雄牛の角のようなものはあったが。
ただ、迷宮で迷い不安になるとミノタウルスが現れ、これを斃すと迷宮の道が開かれるのは神話的かもしれない。あっけなかったが。

この映画は非常に男性的なもので成り立っている映画だった。
女性的な部分が一切排除され、父、息子、兄弟で成り立っている。
だが、ペルセウス役のサム・ワーシントン、父親という感じがしない。
女性は登場するのだが、神話ではあり得ない武装したアンドロメダ女王は“男性”的な役割をこなしている。
もう一人のお付きの女戦士は「忠告を無視し、死ぬ」道化の役割だった。
最近のアメリカ映画では“父と息子”の関係を巡る映画が多く公開されていることも一因だろうか?

男性社会にあっても女性故にできる事が見当たらず、感情移入する足がかりが無かったのかも知れない。

とりあえず映画『アバター』の主役でもあったサム。前作『タイタンの戦い』では髪を短い状態だったので時代錯誤の海兵隊のようだった。
そんな彼が巻き毛にしているようなので、どうなったのか見たいという目的もあったのだが、似合っていなかった(笑)

『インモータルズ―神々の戦い―』の方が神話でないのに神話らしい。
映画『インモータルズ―神々の戦い―』感想

神話と美術の話を。
今度、ラファエル前派の画家エドワード・バーン=ジョーンズによる《ペルセウス》が見れる。
2012/6/23から三菱一号館美術館で『バーン=ジョーンズ展  ― 装飾と象徴 ―』が開催され、その中の目玉の作品としてやってくる。
http://mimt.jp/bj/
ペルセウスとアンドロメダの物語。
『タイタンの戦い』の元である英雄譚と官能のある世界を堪能したい。

| 映画感想 | 18:33 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
レオナルド・ダ・ヴィンチ美の理想
JUGEMテーマ:展覧会

渋谷・Bunkamuraザ・ミュージアムにて。
〜2012/6/10まで。

レオナルドの『絵画論』を体現したような展覧会だった。レオナルド派や他のルネサンス期の絵画からそれらを探る仕立てになっていたように思う。

正直、見るまでこの展覧会を侮っていた。《ほつれ髪の女》以外、殆どが再現・ファクシミリ版だと思っていたためだ。

2007年の『レオナルド・ダ・ヴィンチ展』では日本国内で《受胎告知》を拝見し、感無量だったのだが、他の展示物は当時の研究を現代に“再現”したものだったため、“当時の”技術や感覚が掴めず、物足りなさを感じていた。(ヴァーチャルリアリティを用いた解説は解り易く面白いのだが、“仮想”に過ぎない)リアリティを伴わなかったのだ。

だが、この展覧会では“当時の”本物を多く見ることが出来た。それが見る人に実感を伴わせてくれる。
レオナルドは生前完成させた絵が少ないので、『絵画論』の断章やレオナルド派の絵画からそれを見いだせる。

レオナルド・ダ・ヴィンチ考案/アルブレヒト・デューラー《柳の枝の飾り文様》

レオナルド・ダ・ヴィンチ考案/アルブレヒト・デューラー
《柳の枝の飾り文様》

会場入って直ぐの所に掛けられた「ダ・ヴィンチ・ノット」
ヴィンチ村の名はその地に茂っていた木々の後期ラテン語名ヴィンチ・ヴィンキと関係しているという。ヴィンチ村の象徴から由来するとは知らなかった。
自然界に溢れる規則性――植物、毛髪、筋肉などの“絡み合い”にレオナルドが関心を持ち、表した。
文様内には結び目が一切無い。
これはデューラーの手によるものらしい。直接の面識があったかは不明だが、書物なり「情報」を通して接点があったように思う。
この絡み合う文様がウィンザー紙葉に見られる女性の編み込みの髪型にも繋がる。(これは後でパネル展示されていた)

レオナルドが探求していた、人間の内面――心、感情の表現の模索について。
「慎ましやかな女性を描くときはうつむき加減で斜めに向くのが良い」
《ほつれ髪の女》に繋がる。

レオナルド・ダ・ヴィンチ《ほつれ髪の女》

レオナルド・ダ・ヴィンチ《ほつれ髪の女》
実物を拝見して、息を呑む。
浮かび上がる白い顔は美しく、思慮深かった。
鉛白が生み出す輝く白。宣伝の印刷物ではそれは表現しきれていない。

この女性美は《レダと白鳥》にも見られる。

《レダと白鳥》(下絵による模写)

レオナルド本人の筆で仕上げなかったこと、加筆されているので参考作品ではあるのだが、S字型の艶かしい女性像と表情が美しい。空気遠近法を取り入れた遠景など、レオナルドらしさが垣間見れる。
そして緻密な編み込みの髪型。これはどうやら鬘だったらしい。‘この鬘はどんな髪型でも脱着可能である'と添えられているそうだ。

《レダと白鳥》(ミケランジェロの下絵による模写)

参考作品ではあったがミケランジェロによる《レダと白鳥》もあった。
あまりに直接的な描写のため、本物は焼失してしまったので、これは当時の画家が下絵を元に描いたもの。官能的だ。
実に対照的な描写だと思う。
レオナルドは暗示と静の美を求め、ミケランジェロは活力と動の美を表現したのだろうか。

レオナルド『絵画論』をしっかりと読んだことが無い。断片的なものなので。
今回の展覧会を拝見して、これらの断片が現存するレオナルドの名作に反映されていることが解るだろう。
レオナルドとその弟子の共同制作《巌窟の聖母》にも見受けられる。

他にも様々な模索と研究をしていたレオナルド。

レオナルド・ダ・ヴィンチ《衣紋の習作》

《衣紋の習作》に見る光の当たり方と布、衣服の皺の研究。
愛弟子サライ(小悪魔の意)と言われる男性頭部の習作も。古代ギリシアの青年の彫像を思わせる美丈夫だと思った。この青年が《最後の晩餐》のユダのモデルであったのか?

展覧会ではレオナルド《モナ・リザ》のイメージの展開や後世への影響、神格化されるレオナルドの事なども取り上げられて面白かった。

*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*

ご一緒させて頂いた知人の方の薦めでシス書店に向かう。
そこに山本六三氏の版画があるという。
山本六三展 − 聖なるエロス −

第11回企画〜「動物相/Fauna」展

第11回企画〜「動物相/Fauna」展
恵比寿・シス書店にて。
http://www.librairie6.com/
〜2012/5/27まで。

目当ての山本六三は入り口直ぐにかかっていた。
《白鳥》をモティーフにしたそれはまるで懐中時計のようだった。
《レダと白鳥》を見た後だったので、イメージにギャップが……
これは神話よりも星座の白鳥のイメージにリンクした。

その他、野中ユリ、山下陽子女史ら、北川健二先生の作品も。

動物を主題とした作品群は愛らしくもクールであった。 

| 美術館・展覧会・展示会 | 22:58 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
コラージュ 2012/04
JUGEMテーマ:コラージュ

《主人の部屋》

《主人の部屋》

深淵

| 創作 | 23:49 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
牡丹と薔薇と
JUGEMテーマ:落語

先週は桜が大分散ってしまったが、陽があるうちは暖かく、春になったのだと思う。

玄関を開けた時、外にあったパンジーの花が香しい事に気付く。
慌ただしい日々を過ごし、心が荒んでいるのがわかっていたので、花の香りが心地好く、満たされた。

そして季節を先取りして落語『怪談 牡丹燈籠』を聞きに行く。

三遊亭圓朝作の完全版。
それを六回に分けて上演している。

有名な「新三郎が牡丹燈籠を携えた令嬢・お露の霊にとり憑かれ死んでしまう」件は昭和の名人・三遊亭圓生師が編集したダイジェスト版。
この物語はお露の父・飯島平左衛門の仇討ちを果たさんとする奉公人の孝助の物語でもある。
仇討ちの物語と男女の物語が交互に上演される長尺の物語だった。
…………長い。
参考:三遊亭圓朝『怪談牡丹灯籠』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000989/files/2577_38206.html

今回はその四回目にあたるので、途中から。

場面は下記。
第十三回 平左衛門討たせの場(槍の闇討ち)
第十四回 新三郎受難の場(根津清水谷の怪・上)有名なクライマックス。
第十五回 お国・源次郎出奔の場(孝助の婚礼)
第十六回 お峯・伴蔵出奔の場(根津清水谷の怪・下)
あらすじ
飯島平左衛門が妾・お国の不義を働いている宮野辺源次郎の家に生き、闇討ちをするも、返り討ちになる。孝助に飯島家の跡継ぎとすること、仇をとって欲しいと遺す。
お露とお米の幽霊から百両と引き換えに、新三郎の家の御札を剥がし身に付けていた御守りの如来像をすり替えた伴蔵とお峯。翌朝、新三郎の様子を見に行くと、新三郎は息絶えていた。
上記理由から罪の発覚を怖れたお国・源次郎、お峯・伴蔵は姿を眩ます。

一組の男女が死に、二組の男女が去った。
因果はさらに続き、収束に向かう。
……という所で落語は終わる。次回を乞うご期待!

途中でも充分楽しめた。(人物相関がわからなかったので、プリントされたあらすじを何度も読んでだが)
参考:『圓朝作品のあらすじ 怪談牡丹燈籠』
http://homepage3.nifty.com/nadokoro/kogai/botan.htm

アンティークプリント展

その足で『アンティーク・プリント展』を見に行く。
昨年も開催されていたが震災の影響で伺えず、オーナーに再会。嬉し。
久しぶりに拝見したためか、コレクションが鮮やかに思えた。
ルドゥーテやロバート・J・ソーントンの薔薇に、すっかり気に入ってしまったウィリアム・カーティスのカタログの花々…

アンティークのボタニカルアートの魅力はデザインされている事にあると思う。それが記録を目的とした植物画に留まらないからだ。
(絵として花の魅せ方を凝らないと当時の顧客、貴族の方々は買ってくれなかったのだろう)
今回も時計草の版画を買おうと思ったのだが、別の版画に一目惚れ…
それについては別の機会に書く。今は長くなりそうなので止めよう。

牡丹も薔薇も、5月頃咲く花だ。
その頃に続きを書こうと思う。

| 舞台 | 08:22 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
映画『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』感想
JUGEMテーマ:映画

『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』

公式サイト:
http://pina.gaga.ne.jp/

ピナの人生を語るというより、それを語る上で彼女が遺したものを語る映画だった。
生前のピナの映像と、彼女がが率いるヴッパタール舞踊団のメンバーのダンスとインタビューから、彼女が遺していったもの、彼女の踊りの宇宙、哲学を感じる。
舞踊団メンバー個々人の踊りは個性的だが、彼らに共通するのはやはピナが遺したものなのだろう。

まるで澄んだ水の様な映画だった。山奥で見つけた湧き水のような。
随所に水の描写があるためかも知れない。

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。

『方丈記』

日本人には馴染み深い冒頭を思い出させた。
人は成長し、老いて、死ぬ。その当たり前の流れの中で遺るもの。もしかしたらそれは不変/普遍のものかもしれない。
その連なりに想いを馳せ、それがダンサーの、自身の心の表現に繋がっている。

この映画で気になったのは、やはり“実写主体の映画での3D表現がどのようなものか”だった。
3D映画元年は“飛び出す”表現一辺倒だった。その中でジェーウズ・キャメロン監督『アバター』は奥行きをよく表現していた。CGでの世界観の作り込みの賜物だ。では実写ではどうなるのか?
拝見していて思ったのは、ダンサーの立体感、物質感だった。
やはり“飛び出す”表現の延長なのだが、妙なリアリティを感じさせ、まるで動く彫刻のようでもあった。
“彫刻”と感じてしまったのは、映像のリアリティが舞台を見ているようでありながら、生の熱気や息遣い、何より踊り手が舞っている時の“振動”が当然ながら感じられないために、その違和感を私が解消しようとした結果見たイメージだと思う。

見ていて不思議な気分だった。
インスタレーションなのに、日常の中での芸術の“異物感”を感じさせない。街中、道路の三角州状の場所、モノレールの中で踊るダンサーたち。
走る車やモノレールとも踊りのタイミングが、調和が取れているように思えた。音響も調整してあるとはいえ、喧騒が不協和音とは思わなかった。

見終わった後、澄んだ気持ちにさせてくれる、そんな映画だった。

| 映画感想 | 22:41 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
映画『フラメンコ・フラメンコ』感想
JUGEMテーマ:映画
JUGEMテーマ:フラメンコ

フラメンコ・フラメンコ

公式サイト:
http://www.flamenco-flamenco.com/

著名なバイラオール/バイラオーラ(踊り手)達の舞踊に圧倒される。
昨年6月の来日公演を拝見した、ファルキート氏も出演。
La Primavera Flamenca 2011
監督は以前、舞台で観たアイーダ・ゴメスの『サロメ』の映画を、その他にもフラメンコ映画を撮っているカルロス・サウラ氏。

21幕構成で、バイレ(踊り)だけでなく、カンテ(歌)のみの幕もある。
色んな曲を聞けるのも嬉しい。

2幕でアレグリアを舞うサラ・バラス。彼女も昨年Bunkamuraで来日公演があった。
マイケル・ジャクソンのように手足が長い彼女の身体が表現するバイレは力強く官能的。
ヴァイオリンが演奏に入る等、モダンだった。
モダンと言えば5幕のロシオ・モリーナが舞うガロティン。
つばの広い帽子を使って舞うガロティンだが、彼女はくわえ煙草にパンツ姿。
フラメンコでありながらモダンダンスだった。

8幕のバイレ、サエタは聖母マリアに捧げられた聖歌のようだ。しかし原始宗教の旋律を思わせる。
ヨーロッパ文化圏では異国情緒があるであろうフラメンコの中にもキリスト教を汲んだものがあると改めて思った。
その後に続く9幕の行列「聖週間」のダークブルーのマントに身を包む「悔俊者」のイメージ。この世のものではないような姿に魅せられた。

各々の幕について感想を述べたいがきりがない。
全体を通して、大地の――乾いているが豊かな土の匂いを想起させられた。
スペインは一度しか行っていないが、あの時の強く心地よい日差しを受けて焼けたような匂いを。

舞台装置も興味深かった。飾られている絵画は19世紀〜20世紀にかけて活躍した画家達のもの。
ギュスターヴ・ドレや印象派の絵画。どれも舞踊を彷彿させるものやコミュニティの団欒を意識させた。
その前で舞うバイラオール/バイラオーラは絵から飛び出してきたような、絵の一部のようだった。

芸術のように昇華されたフラメンコ映画たが、やはりフラメンコはスペインの民俗芸能だと改めて思う。
歌詞を見ているとやはり泥臭く庶民的な恋歌で、ヒターノ(ジプシー)の力強い自己表現だと思った。

舞踊が原始的な宗教から発展した事は言わずもがな。ベリーダンスともルーツを等しくしているとも。
情熱、躍動する命の衝動を思い出させてくれる映画だった。
音楽も心地よかった。

| 映画感想 | 22:39 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
映画『パンドラム』感想

パンドラム ブルーレイ&DVDセット [Blu-ray]

細部まで造り込んである良いSFであったのに、何故か日本では話題になっていなかった…何故だ?

未来、地球型惑星・タニスに向かう移民船・エリジウムで冷凍睡眠から目覚めたバウアー伍長。
長時間の冷凍睡眠からの覚醒のため、目的や記憶があやふやだった。
船内の様子がおかしく、更に人ではない異質な“何か”に襲われる――

SFホラーの定番の筋書きだが、咀嚼すると設定の細かさ、2度見ると画面にある様々な布石に気付かされた。

人類が経験した事がないものが恐怖への引き金である。
パンドラム症(軌道機能不全症候群の意)と呼ばれる、長期間の冷凍睡眠、閉塞空間からくる精神疾患(因みにこれは架空のもの)がキーパーソンとなる。
最初は手足の震え、かゆみを感じるだけだが、症状が悪化すると妄想・幻覚に苛まれ、何をしでかすかわからないという。
語られるエピソードでは、パンドラム症を患った士官が、乗船している船が呪われていると思い込み、乗船者全員を脱出ポッドで宇宙空間に放出し、全員死亡したという。
……何もない暗闇の宇宙に単身で放り出される恐怖。
考えるだけで恐ろしい。

『エイリアン』にあるような薄暗い船内に“何か”が潜んでいる恐怖ではなく、未知のものが目に見えてしまう故の恐怖かも知れない。
未知の、“ハンターズ”と呼ばれるものに襲われる恐怖。
パンドラム症の進行による幻覚に惑わされること。

“ハンターズ”が元・人間で、パンドラム症を起こした人間が引き起こした悲劇の結果という事実だ。
パンドラムの狂気の連鎖に侵食される恐怖もあると思う。

“ハンターズ”は冷凍催眠から目覚めた人間を狩って喰う。そして死んだ同族さえも。
閉鎖された場所故に発生したカニバリズムは、他の生態系が無い宇宙船の中で新鮮なタンパク質等の摂取が難しいため、必然的にそうなったというのは理解する。
同時に、私には“ハンターズ”がパンドラムの悪夢を引き継ぎ、再現している存在に思えてならない。

事の発端となる(既にパンドラム症候群で精神が病んでいた)3人のチームは、地球滅亡という故郷消失と目的地を見失うという絶望から、パンドラム症を悪化させ殺し合いをする。
生き残った男・ギャロ伍長は任務を放棄し船内で“遊ぶ”ことを思い立つ。適当に目覚めさせた乗員を“オモチャ”に、貨物室に閉じ込めサバイバルをさせ、その様子を楽しんだという。
まるで自身の体験を元にしたようだ。

そして“オモチャ”にされた人間の子孫が“ハンターズ”だった。
“オモチャ”にされた人間がパンドラム症を発症していた可能性もある。その精神障害から身体にも影響があったのではないだろうか。

6万人の移民船で生き残った人類は1213人だった…
生存者は脱出ポッドで船外に脱出することが出来たものの、“ハンターズ”がいるエリジウムは存在している。

因みに船の名前・エリジウムはギリシア神話のエリュシオン(エリゼの園)のこと。神に愛された人間が死後幸福な生活を送る野であるという。
冷凍睡眠と永眠――
似て非なるものに関連性を感じ、戦慄する。

この物語も神話要素が暗示するなら、“パンドラム”はやはり“パンドラの壺”だろうか?
地球からエリジウムに発せれた最後の言葉は、励ましと祈りであり希望を込めたものであったのに、絶望に転じた。
満ちている悪意の底にある希望は何なのであろう?

聞けば、この映画は3部作予定であるとか。
……経済的な部分で続編製作は大丈夫だろうか?
私は続編を希望。そして良質な物語である事を期待。

| 映画感想 | 01:11 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第15回 文化庁メディア芸術祭受賞作品展
JUGEMテーマ:展覧会

第15回 文化庁メディア芸術祭受賞作品展

六本木・国立新美術館にて。
http://plaza.bunka.go.jp/festival/
今日までだった。

今まで受賞作品のチェックこそすれ、足を運んだのは初めてだった。とても楽しかった。
気になった作品の感想。

アート部門新人賞
菅野創/山口崇洋"SENSELESS DRAWING BOT"
ミュージアムツアーがあったので、参加。
ロボット作品。
BOTの仕組みと製作した意図をお話し頂き、実際に動かして頂けた。

スプレー缶を装着した二重振り子が流動的なラインを描く。同じラインを描くことは無いが、作業が自動化されたグラフィティアーティストだった。
だがそれが描く作品に意味は、無い。
街に非合法に描かれた景観を損なうグラフィティは、基本"名前"を描いているそうだが、解読できない。それに似たものをこのBOTは描く。
“ラクガキの本質は何処にあるのだろう?グラフィック行為に意味は無い”
意味の無いそれは、果たして自己を主張しているのか、それはアートか?
問題定義をしているBOTだった。
私は初見でこの作品が何故賞を取ったのか理解が出来なかった。
しかしツアーに参加し、バックグラウンドを伺ったことでその意味をようやく理解した。
デュシャン《泉》を思い出す。問題定義の作品だった。

矛盾が面白いと思った。
「アートを生まない作品が、アート新人賞を取った訳だが、どう思うか。また、このBOTが偶発的にアートを生むと思うか?」と質問をぶつけてみた。
菅野氏、山口氏からはこれがアートを生むとは思えないと返答。
傍にいらっしゃったキュレーターの方は、メディア芸術祭が作り込むアートから偶然性を評価し始めている旨を教えて下さった。
実際、アニメもマンガも今日のクオリティの高さは言わずもがな。私は語りつくされたとは思わないが、新しい視点と評価の時期に来たのは確かなようだ。

アニメーション部門大賞
新房昭之(監督)『魔法少女まどか☆マギカ』
全話見ていないのだが…キャラクターの可愛らしさと裏腹に、物語の壮絶な設定や最終話に圧倒されてしまった。
展示は台本、フィギュア、背景画像とエネミーデザインのパネル展示、主要キャラクターの設定資料画。
背景、エネミーのクレイアニメやコラージュ、クレヨンで描かれたデザインは子供の頃を思い出させる。それが不気味な世界となっていて、魅かれる。

物語については“ポスト・エヴァンゲリオン”と言われる事に納得している。
『(旧作)エヴァ』では世界が閉じて終焉を迎える。(その後の再生の可能性は示唆するだけに留まる)
『まど☆マギ』では1話目では意外性でお客さんを途方に暮れさせ、インパクトで惹きつける。2話目で世界観やルールを説明する。3話で2話のルール以外のことも起こりうるというサプライズを起こす」
閉じる世界の直前で、別の可能性を示唆する物語だった。
閉じた世界からの脱出を、そろそろ求められる時代になったと思う。

アニメーション部門大賞
山村浩二『マイブリッジの糸』

アニメもCGが主流の中で、手書きを活かしつつ作画された心温まる世界観に惹かれた。懐古的で。
映画が上映されていたとは知らなんだ……今度機会があればきちんと拝見したい。
マイブリッジ。連続写真で有名だ。彼の馬の写真は私も大好きだ。
時間を止められるか――マイブリッジの誇大してゆく妄想と
現代の母子の成長という流れ変化する時間が共鳴しているようだった。

アニメーション部門新人賞
植草航『やさしいマーチ』
相対性理論というグループの楽曲『ミス・パラレルワールド』に乗せて展開される、思春期の少女の空想世界は現実世界のパラレルワールドだった。
共感してしまった。
別の作品を拝見したが、何だか懐かしい雰囲気に惹かれた。

『向ヶ丘千里はただ見つめていたのだった』

マンガ部門新人賞
『ファン・ホーム〜ある家族の悲喜劇〜』

ファン・ホーム 〜ある家族の悲喜劇〜

同性愛者で、また文学を愛する者として、共感を覚えながらもすれちがい続けた父と娘。随所に見られる文学作品と、文章・描写が文学的で、素晴らしいと思った。それこそ、文学の粋だと思う。
翻訳を手に取っていたのだが、原書で読んだらまた違う印象を得られるだろうか。

とにかく楽しかった。メディア、刺激になるのだ。
何よりメディアは娯楽であるのだから、堅苦しい事を抜きに、楽しめる。

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林忠彦写真展 〜紫煙と文士たち〜
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林忠彦写真展 〜紫煙と文士たち〜

渋谷・たばこと塩の博物館にて。
http://www.jti.co.jp/Culture/museum/exhibition/2011/1201jan/
〜2012/3/18まで。

「満足度高し」と薦められ、主題も気になるものがあったので足を運ぶ。
確かに100円という入場料でも十分満足できる内容だった。

銀座のバー「ルパン」でのアナーキズムを匂わせる織田作之助・太宰治・坂口安吾の姿。坂口安吾のゴミか資料か、紙屑に囲まれた仕事場はインパクトがあった。キャプションに添えられた林忠彦氏のコメントや回想には文士たちとのエピソード、彼らの内面を写し出そうとする氏の思いが綴られていた。

文士たちが気難しい顔、一息つくような顔で紫煙をくゆらせる姿は味がある。
吸っている銘柄、立ち上る煙、吸うときの姿勢に個性が如実に現れている。それが伝わってきた。

喫煙はかつては英国紳士の嗜みだった。
映画『ダイヤルMを回せ』で紳士達が集う場面では皆、片手に煙草を持っている。
即ち煙草がダンディズムのアイコンだった。
このイメージの延長であることは言うまでもない。

イメージとしての煙草は非喫煙者である私でも、格好良いと思う。
だが、私は身体に合わないので吸わない。
中毒性や身体への害が大きい。かつての紳士の嗜みは今や悪習だ。
そう見なされたのは健康問題だけでなく、喫煙者のマナーの無さ、歩き煙草にポイ捨ても一因だと思う。
芥川龍之介の『煙草と悪魔』を思い出す。
参考:芥川龍之介『煙草と悪魔』(青空文庫)
日本に煙草を悪魔がどこからか持ってきて、畑を作り育てていた。そこに牛商人が通りかかり悪魔にその植物が何であるかを聞く。悪魔は植物の名を答えず、自分で考え三日以内に答えなければ牛商人の魂と体をもらうと言った。牛商人は、牛を悪魔の畑で暴れさせることで植物の名を聞きだし、悪魔を欺いた。結果、牛飼いの命は助かったが、人間の健康を害する煙草は日本に普及してしまった。という物語。
「切支丹物」というジャンルに区分されるが、これは当時の西洋を見習って近代化を進める日本への批評精神の物語らしい。日本は西洋の良い所を取り入れたが、悪い所も受け入れてしまったことを言っているそうだ。
芥川の『煙草と悪魔』制作の覚書には‘人間にとって利益となると思われる事象も、損失につながる面もあり得る’と記されていたとか。

では、その損失をどのように改善してゆくのだろうか。
90年代頃からか、健康志向から禁煙と公共施設での分煙が普及したのは。
前述映画の98年のリメイク『ダイヤルM』では同じシーンでは誰も煙草を持っていない。もちろん意図的に修正してある。
禁煙と分煙、そして『大人たばこ養成講座』に見る喫煙者の意識改革。
今後の煙草の、喫煙者のイメージはどうなるのだろう?

常設展示も見たが、そこで気付かされたのは日本では煙草がお香の延長の扱いであったことだ。
展示されている煙草盆は明らかに香盆の流用で、
昭和初期の国産煙草のジャケットは線香のそれだった。
火を使い、煙を出し、香りがある点では香も煙草も似ている。だが香には十徳があるが、煙草には百害あって一理無しのイメージがある……
私にとっての煙草の魅力は、イメージとジャケットデザインのようだ。

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